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さすが多数の犯罪エリートを排出している神奈川県警察学校だ。[再掲]警察教養(学校教養と職場教養)は洗脳。企業内教育=警察教養。日本人は、洗脳された奴隷。 [犬党にして器械的+探偵主義]

2017年4月5日の『時事ドットコム』のニュースサイトに「採用初日にストーカー=容疑で元警官逮捕-新潟県警」という記事があった。

ウサギ汁事件で有名な新潟県警のおまわりさん(警察官)が、またやってしまったか・・・

と思ったら、

神奈川県警のおまわりさん(警察官)の仕業だったようだ。
新潟県内で知人女性の自宅に押し掛けたとして、県警十日町署は4日、ストーカー規制法違反容疑で同県小千谷市※生(※クサカンムリの下にノギヘンと卑)、無職●●●●容疑者(20)を逮捕した。●●容疑者は事件当日の1日付で神奈川県警に採用されていたが、3日付で退職した。
のだそうだ。

神奈川県警察学校を舞台にした『ビギナーズ!』(2012年7月12日から9月20日までTBS系列の木曜ドラマ9枠で放送)のように仮入校当日に暴行されて、

ヤケクソになってしまったのだろうか?

それとも、4月2日のカリキュラムで、

常軌を逸した復讐劇のスイッチが入ってしまったのだろうか?

日本全国で不祥事が多発している(警察は若い警察官の質の低下と広報している)ので、

細心の注意をして面接しているはずが・・・

この始末である。

警察学校で教養の効果が出やすい、

警察化の度合いのキツイニンゲンを採用するわけだから、

警察学校教養の本格的なプログラムが始まる以前に、

一足飛びに、

人間失格者になってしまうことも、

多々あるのだろう。

さすが多数の犯罪エリートを排出している神奈川県警察学校だ。

4月1日付採用、2日嫌になり、3日付退職、4日ストーカーで逮捕。

「翼の折れたエンジェル」の替歌ができそうだ。

このブログのどこかに1週間の警察学校教養で人格が変わると書いたが、

3日(実質1日か?)で効果が出るようだ。

※『ビギナーズ!』は、第一話を早送りで観たところ、警察学校に入校する新人警察官のちゃらんぽらんぶりが、なかなかよく表現できているようだったが、このちゃらんぽらんなニンゲンが、警察教養で立派な警察官になるという警察広報ドラマ臭がプンプンだったので、第二話以降は確認していない。


以下、
「警察教養(学校教養と職場教養)は洗脳。企業内教育=警察教養。日本人は、洗脳された奴隷。」を再掲します。

精神科医の中村希明さんは、『怪談の科学―幽霊はなぜ現れる』という本の「洗脳と企業内教育」で、興味深い指摘をしている。

中村さんは、「洗脳と企業内教育」で、コーネル・メディカルセンターのヒンケルらによる朝鮮戦争で中国の捕虜になって、洗脳されて帰国した米国軍人の面接調査の事例を引用し、洗脳について説明した後、
 ヒンケルは、「洗脳」が起こる原因の中で一番大きいのは、仲間も信じられないという精神的孤立感であるとしている。容疑者が独房に閉じこめられ、夜昼となくかわるがわるに尋問されてくたくたになったころ、取調べ官のさしだす煙草などについほろりとなって自白する、という警察の古来の「おとし」方などは、洗脳と多分に類似性のみられるやり方である。
と、「洗脳」と警察の「おとし」との類似性を指摘している。

そして、「洗脳」について、
 またこの方式は、ブレーン・ストーミングとか感受性訓練(センシティビティ・トレーニング、略してS・T)などと呼ばれて、企業内の教育にもさかんに利用されている。
と、「洗脳」が企業内教育に利用されていると指摘している。

 ふだんは多忙な企業の中堅スタッフが、週末などを利用して郊外のホテルにかんづめにされる。そこで、まったく面識のない他企業のスタッフと顔をつきあわせて、生き甲斐《がい》だとか人間関係だとかの浮世離れしたテーマを与えられ、精神的に裸になって昼夜にわたり集中討議をさせられるのである。  こういう状況におかれると、人間の、日ごろ鎧《よろい》の下に隠している思いがけない側面、生地《きじ》が一挙にさらけ出され、それらがうまく統合・再構成された場合は、まるで人が変わったような充実感を味わい、リフレッシュされて、翌日からの企業戦線に復帰していくことができるのである。しかしS・Tは作用が強烈なので、逆効果になる場合もある。自我の統合力が弱く、その人なりの自我防衛のメカニズムによってかろうじて社会に適応していたような人が、集団のなかでその防衛を突き破られ、しかも、トレーナーの適宜な処置がとられなかった場合は、パニックにおちいって、S・T後の精神障害を起こす例が決して少なくないからである。
と、企業内教育(S・T)によって、「精神障害を起こす例が決して少なくない」と、指摘し、

「ある精神病院の会誌に、『S・T後遺症を克服して』という題の退院患者の感想文がのっていた。」と、実例を挙げて、その
内容は、S・T中に患者の病的な攻撃性が解放されて収拾《しゆうしゆう》がつかなくなり、トレーナーもコントロールできない躁《そう》状態となって、やむなくその精神病院に入院させられ、退院後も、まだ軽い躁状態が続いていることを思わせる文であった。この患者は病的に攻撃性の強い性格で、それが防衛されて、かろうじて社会に適応していたのである。この患者は、S・Tを受けなければ、発病することもなかったかもしれない。
と、紹介した後、
このように、自我の自律性の弱い人にはS・Tは有害なので、対象は慎重に選ぶ必要がある。  S・Tは、対象の選択、トレーナーの熟練度によって、毒にも薬にもなる両刃《もろは》の剣である。
と、企業内教育(S・T)の危険性を指摘している。

ただし、中村さんは企業内教育について、
この点、その内容が実務的なものに限られ、人間の深層心理に触れることのない新人研修などは、こういった危険性は少ない。このような特訓が効果を発揮する理由は、山のホテルなどに、一定期間世俗から隔離された状態で集中的な教育を受けることにある、とされている。
と述べている。

前段で、「その内容が実務的なものに限られ、人間の深層心理に触れることのない新人研修などは、こういった危険性は少ない。」と、「新人研修」を洗脳的な企業内教育の例外としていることから、

一般企業の新人研修と同じ時期にある警察学校での初任科教養も洗脳的でないような印象を持ってしまいがちだが、

後段で、洗脳的な企業内教育の特徴として、「このような特訓が効果を発揮する理由は、山のホテルなどに、一定期間世俗から隔離された状態で集中的な教育を受けることにある」としており、この特徴から、警察学校に隔離した状況で行われる警察官の初任科教養は、洗脳的な企業内教育といえる。

初任科教養だけでなく、

洗脳的な企業内教育の特徴を持つ、

警察学校(警察大学校・管区警察学校・警察学校など)で行われる、

警察学校教養は「洗脳」といえそうである。

さらに、

「『洗脳』が起こる原因の中で一番大きいのは、仲間も信じられないという精神的孤立感であるとしている。」ことから、

警察学校教養だけでなく、

警察の職場教養においても、

「洗脳」の手法が応用されていることは明らかである。

このことは、特定の人間にしか公開していないミクシーのブログで、兵庫県警での勤務内容について愚痴を述べた女性警察官が、同僚の密告により、退職に追い込まれた事例からも明らかだろう。

相互密告が奨励されている警察内で、警察官は常に疑心暗鬼の状態(「仲間も信じられないという精神的孤立感」を常に感じる状態)に置かれているのである。※いじめが起こる教育現場や職場のいじめなければいじめられるとかいじめを見て見ぬふりする時の心理状態もこれなのではないだろうか?そうだとすると・・・。

この状態が、警察教養(学校教養と職場教養)の前提条件なのである。

中村さんは、
考えてみると、日本の代表的な精神療法の一つである「森田療法」も、神経症患者が一ヵ月間個室に入院し、もっぱら内省を続けさせられるという、一種の「洗脳」療法といえるであろう。
と、指摘している。

このことから、警察教養は「森田療法」を応用した「洗脳」手法ではないかとの疑いが起こるのである。

森田療法を考案した森田正馬は、呉周三の弟子で、呉周三は松井茂の親友なのである。

呉周三や松井茂らが、警察官や国民を洗脳する方法を考え出し、その手法を医療に応用したのが森田療法と考えた方が自然かもしれない。

国民皆警察を目指した松井茂の社会教化運動は、「同情(共感)」による国民「洗脳」の試みとも言えなくはない。

森田療法と同様の手法で警察官を洗脳し、その警察官を摸倣中心にして、国民を洗脳する。

この時重要なのが、国民が警察(官)に同情(共感)することなのである。

漱石の道義的同情(同情〔共苦・同苦〕)は、

そんな「洗脳」をすることに喜々としているヒトたちに、

「それをやっちゃ、人としてダメだろ」と、

素朴にダメ出しできる、人間の心の中にある何か、のような気がする。

※日本特有のテロ的犯罪、「秋葉原通り魔事件」(2008年、雇用形態への不満〔後に否定された〕)、「マツダ本社工場連続殺傷事件」(2010年、動機:マツダ従業員による嫌がらせ〔妄想?〕)、「川崎老人ホーム連続殺人事件」(2014年、動機:介護のストレス)、「相模原障害者施設殺傷事件」(2016年、動機:安倍自民党思想の具現化)などの犯人が受けた企業内教育を検証すれば、狂気の原因が、何か明らかになるのではないだろうか?

※それは、言い過ぎかもしれないが、警察職員(警察官と一般職員)による理解しがたい不祥事の原因が森田療法そっくりの警察教養にある可能性は極めて高そうだ。警察施設内で同僚が拳銃自殺した際に、警察職員が銃声が聞こえなかったと証言する怪談も、「洗脳」による広義の感覚遮断性幻覚による幻覚と考えれば、科学的にも説明が付くはずである。

※2017年1月25日の『産経新聞』のニュースサイトに「“不良”巡査長を分限免職 適格性理由では初めて 大阪府警 人事評価2年連続で最低」という記事があったが、この巡査長は、警察教養(学校教養と職場教養)によって精神疾患を発症している可能性が高いのではないだろうか。労災に当たるのではないだろうか?パワハラ絡みの過剰反応(つまり警察にも悪い所があったと認めている)だから、懲戒免職(退職金なし)でなく分限免職(退職金あり)なのだろうか?依願退職するようにいっても聞かない人は分限免職にするらしいが、分限免職させられると・・・、次の仕事が見つからないらしい。分限免職された人は自殺する人が多いという噂だ。それで、分限免職されるくらいなら依願退職する。どうにも納得いかないなら、結局自殺することになるなら現職で、というのが、教養のある警察職員(警察官と一般職員)の判断だという噂だ。

どうでもいいことかもしれないが、「交番勤務時の巡回連絡を「意味がない」などと言って拒否」(『産経新聞』)、「『意味がない』と交番でのパトロールに行かなかった」(『朝日新聞』)、「交番勤務でパトロールなど『意味がない』と拒否」(『毎日新聞』)と表現が異なっていた。「巡回連絡」(各戸を戸別訪問し左翼活動家などがいないか調べる)と「パトロール」(警邏)は意味が違うように思うのだが・・・。

※今回の巡査長は、ちょっと仕事をさぼって、上司に暴言を吐いただけで、分限免職なのだそうだ。ちょっと仕事をさぼってる警察官なんか、五万と(文字通り)いるだろうし、上司に暴言を吐く警察官も多い(警察に親戚多数のヒトの態度が悪いらしい)はずだ。そんな、珍しくもないよくいる警官を分限免職にするくらいなら、一般市民を「土人」とか「シナ人」と罵った警官を分限免職にすべきだろう。あ、大阪府警には一般市民を「土人」とか「シナ人」と罵るニンゲンが警官に相応しいということか・・・。



「菅直人元首相『日本は秘密警察国家になろうとしている』 渋谷で反対集会」?? あなたが、首相をしていた時も、日本は秘密警察が公然化した警察国家だった。 [蘇る博士]

「菅直人元首相『日本は秘密警察国家になろうとしている』 渋谷で反対集会」という記事があった。

民進党の菅直人元首相は「日本は秘密警察国家になろうとしている」と批判した。
のだそうだ。

菅直人というヒトは、おめでたいヒトだ。

あなたが、首相をしていた時も、日本は秘密警察が公然化した警察国家だった。

戦中の日本の警察は、国民皆警察が進み、警察の特高化がはかられていた。

つまり、第二次世界大戦終了前には、国民皆特高警察化(探偵化)がはかられ、ほぼ完成していたのである。

言い換えれば、国民みんなが秘密警察(=特高警察)化された国になっていたのだ。

国民みんなが秘密警察になったということは、もう秘密とはいえない。

秘密警察が、公然化した警察ということだ。

その公然化した秘密警察が、現在の日本警察のスタートの姿だ。

菅さんが首相だった時もその前も、

今も、

日本は警察化(漱石が言う探偵化)した国で、

警察主義(探偵主義)とでも呼ぶべき、

国家主義(漱石が批判した国家主義)の国柄だ。

菅さんは自分が首相の時に何の改革もせずに、

党派の宣伝のためだけに、行き当たりばったりに、批判しているようにしか見えない。

菅さんは、首相の時に、国民皆警察(探偵化)を否定する政策を行わなかった。

福島第一原発事故の情報統制は、佐々淳行先生の危機管理広報の下手な猿真似にしか見えなかった。

そんな菅さんのことは、どうでもいいのだが・・・

参加した都内の高校1年蓑田道さん(15)は「政治はひとごとではない。共謀罪に強い危機感を持っている」と話した。
と、この記事に登場する「蓑田」さんの苗字で、蓑田胸喜のことを思い出した。

突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた「知識人の右傾化 [警察化する社会(国民皆警察)]」という記事に蓑田胸喜が登場するので、その記事を掲載することにした。


以下の文章は、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた記事である。

知識人の右傾化 [警察化する社会(国民皆警察)]

現在、日本全体が右傾化しているといわれることがある。以前の右翼団体の主張より、大学教授等の知識人の右傾化が顕著であるという。戦前にも同様の現象があった。

『国体と哲学』(理想社出版、1940年)で紀平は、「満洲事変を機会として、知識者も日本へ転向を余儀なくせられたのであるが、まだ中々転回と云ふ程には至らない。」と不満を述べている。
しかし、紀平は当時の知識人を分析し、「口に国体を唱へ、筆に日本精神を論ずることが、爾来一種の流行と見てもよい程に多くなつたのは、勿論慶すべきこと に相違はないが、序文と結論とや、或は時に應じて日本精神なる語が挿入せられて居るにしても、本文や、其他一切論述の方法が、依然として、個人主義のもの であるものが多分を占めて居る、実際それではものになつてゐないと云はねばならぬ。」と指摘している。このような状況であったが、紀平は、「此も猶ほ当分 は致し方のないことと許さねばならぬと思ふ。」 と知識人の思想の転回の限界を容認している。

1939年(昭和十四)前後に、紀平の行の哲学を基礎付けるかのように、行の哲学を思わせる表現を含む日本文化論が新書で出版されている。高山岩男 『文化類型学』、柳田謙十郎 『日本精神と世界精神』、西田幾多郎『日本文化の問題』などの一部に、全体の流れれから必ずしも国家を最重要視するかのように表現する必要がないにもかか わらず、国家を重視する紀平の行の哲学と類似した表現をしている。ここに紀平が指摘する知識人の思想の転回の跡をみることができる。

1939年(昭和十四)高山岩男が、『文化類型学』(弘文堂書房)を出版した。高山は、「日本に於ても支那仏教の渡来以後、奈良平 安朝の学問的な仏教を経過して始めて、民衆の中に喰ひ入る仏教が成立するに至つた。そしてこの民衆の中に喰ひ入つた信仰としての仏教は、全く新たな日本仏 教として、印度的な思弁や支那的な理論を止揚したものであつた。」 「仏教は多く相対即絶対や煩悩即菩薩の観想に陥つた。世界宗教は凡て個人の救済を究極的とする。仏教も民族や国家に対して特に宗教的な意義を認め、それに 特殊な関心を有するものではなかつた。仏教の中に新に国家の意義を取入れ、仏教に文化形成の積極的な動力を見出すのは、印度や支那の仏教ではなく、我が日 本の仏教であつた」 と、日本仏教の特殊性を指摘した。この「新仏教は実は印度や支那の仏教には存せず、武士社会の体験を掘下げ、それを独自な現実主義的精神に裏づけることに よつて、日本で創始せられた新仏教である」 と、日本の仏教を新仏教と定義した。
「新仏教は或は称名念仏に、或は唱題成仏に、或は樹下石上の打座に、極めて簡潔な入信解脱の道を説く。この簡潔性は決して理論的思弁を斥けるものではな い。寧ろ王朝時代の長い教理的研究を媒介して到達せられた結果であつて、ここに日本的な簡潔性が輝き出して来るのである。これも必ずしも日本仏教の創始に 関るものではないであらう。併し新仏教が凡て精緻な教理を止揚して大乗仏教をここに凝結せしめ、かかる形式をとる仏教のみが発展したことは、直接的簡潔性 を生命とする日本の精神に基くと云はなければならなぬ。」 「武士の新しい道徳たる武士道も、単に封建社会の道徳たるに尽きず、禅宗などの新仏教によつて完成せられて来る。」 と、仏教(禅)に対して紀平と同様の評価をした。

1939年(昭和十四)、柳田謙十郎が『日本精神と世界精神』(弘文堂書房)を出版した。柳田は、「真に日本的となるといふことは唯単に何らの世界性も普 遍性もない非歴史的な特殊国となるといふことではない。日本の底は無限に深い。日本精神の創造的生命は世界精神の創造的生命の具体化としてのみ現実性を有 つ。我々の歴史的自己にとつては日本精神は即ち世界精神であり、世界精神は即ち、日本精神である」 と、日本精神と世界精神を関係付けた。柳田は、「日本精神を離れて世界精神を考へることが出来ないやうに又世界精神を離れて日本精神を考へることも出来な い。其処に我々の精神の歴史的具体性といふものがある。」 ことを強調した。
そして柳田は、この日本精神を把握するということは、「不断に自己を破る絶対異質的なる他者に直面して自己否定的におのれ自身を更新し、前進即帰還、帰還 即前進として世界精神の創造的形成作用に於ける一の創造的尖端として、深く世界史的なる実践に参与することでなくてはならない。」 として、「真に日本的なる日本精神を把握するといふことは、弁証法的世界に於ける矛盾の自己同一として世界精神を把握するといふことであり、真に世界精神 を把握するといふことは、我々が自己の民族精神の底に徹してその歴史的現実に生きるといふことである」 とした。
さらに柳田は、「我々の民族の底を流るる歴史的生命は、単に戦争を回避し、徒らに平和を夢みることによつて永遠の世界に出づるのではなくて、むしろ之を所 与の現実として其処に永遠の意義を付与する行為的立場に立つことによつてのみ神につらなり行くことが出来るのである。神は常に一瞬一瞬の行為的現在の底に ある。真に具体的に神に生きるとは瞬間として与へられた我々の歴史的現在をば深くその主体的生命の底から生かすことでなくてはならない。」 そして柳田は、「真実に瞬間に生きるもののみが永遠を生きるものである。有限即無限、無限即有限として罪悪の現実の底に神を見ることの出来ないものは永久 に神の国に至ることを知らないものであるといはなければならないであらう。」 と主張した。柳田は戦争を肯定しているが、戦争という所与の現実を罪悪の現実と捉えていた。

1940年(昭和十五)、西田幾多郎が『日本文化の問題』(岩波書店)を出版した。西田は、「賢首大師の事事無礙ヘーゲルの弁証法と云ふ如きものが、一見 相類するが如く考へられても、一は仏教的、一はキリスト教的として、その精神に於て大いに異なるものでなければならない。」 と、賢首大師の事事無礙とヘーゲルの弁証法とは異なるとした。そして、「西洋文化は大体に於て環境から主体へと考へられるものであらう。東洋文化は之に反 し主体から環境へと考へられるものであるらう。両者は矛盾的自己同一の世界の相反する両方向に重心を有つと云ふことができる。」 と日本と西洋の文化の差異を指摘した。この点では、紀平と異なる。
そして西田は、「日本文化の特色と云ふのは、主体から環境へと云ふ方向に於て、何処までも自己自身を否定して物となる、物となつて見、物となつて行ふと云 ふにあるのではないかと思ふ。己を空うして物を見る、自己が物の中に没する、無心とか自然法何爾とか云ふことが、我々日本人の強い憧憬の境地であると思 ふ。」 と日本人の物の捉えい方の特徴を示した。さらに西田は、「日本精神の真髄は、物に於て、事に於て一となると云ふことでなければならない。元来そこには我も 人もなかつた所に於て一となると云ふことである。それが矛盾的自己同一として皇室中心と云ふことであろらう。物はすべて公の物であり、事はすべて公の事で ある、世界としての皇室の物であり事である(物は歴史的創造世界の物であり、事は歴史的創造世界の事である)。」 と、皇室中心を説明した。しかし、我も人もなかつた所に皇室がある必然性はない ように思われる。
また西田は、「日本は何千年来東海の 孤島に位して、縦の世界として発達した。主体即世界といふ文化形態を取つた。主体が多くの環境的否定を通さないで、自己否定的に世界となるといふ形式によ つて、発展し来つたのである。」 と、日本文化を縦の世界として捉えた。そして西田は、「今日我日本文化の問題は、何千年来養ひ来つた縦の世界性の特色を維持しつゝ、之を横の世界性に拡大 することになければならない。」 と、縦の世界から横の世界への拡大を主張した。
しかし、その拡大は、「心身脱落脱落心身と云ふ如き柔軟心的文化を発揚することでなければならない。主体として他の主体に対することでなく、世界として他 の主体を包むことでなければならない。而して矛盾的自己同一的に事物に於て結合する一つの世界を構成することでなければならない。」 と主張した。そして西田は、「私は東亜の建設者としての日本の使命は此にあると思ふのである。主体として他の主体に対し、他の主体を否定して他を自己とな さんとする如きは、帝国主義に外ならない。それは日本精神ではない。」 と、日本精神は帝国主義とは異なると断言した。一見、日本の領土拡大を認めたかの表現であるが、西田のいう東亜の建設とは、帝国主義とは異なる概念であった。

柳田謙十郎『日本精神と世界精神』、西田幾多郎『日本文化の問題』は、日本精神より、世界精神との一致を重視しているように思われるが、表現的には天皇制 を擁護し、戦争を肯定し、日本という国家を重視するかのような表現となっている。

1939年(昭和十四)に高田保馬 も『東亜民族論』で、「各東亜民族に対する文化工作の問題」について「日本精神は直に支那の民族に移植し難く、三民主義亦支那を亡ぼすものであるとするな らば、急に新しき思想を作り上げて之を統一しようとすることも困難である。東亜民族の結束の意識の中からそれは生まれよう」 と日本精神による中国統一の困難さを例示し、日本精神によってアジアの結束を形成できないと、日本精神の限界を指摘している。

日本精神を強調することは一民族一国家であると思うことが可能な本土においては国民の統合を実現するために意味のある事であると思える。しかし、民族や伝統の 異なる植民地や占領地においては、日本の特殊性を決定づけ、反日本の精神統合として機能するよりない。当時の日本が東亜の建設者を目指したのであれば、偏 狭な日本精神を超越することにこそ意味があったが、戦争継続のための世論形成のためには、日本精神を強調し、東亜から遊離することしか出来なかったのであ ろう。ここに日本精神の限界があった。

それは、日本精神の師表とされた警察精神にもいえることである。大乗的な国民精神を形成するためには、小乗的な思想を排除する必要があり、アカという概念がつくられ、知識人さえ思想の転回を余儀なくされ、臣民の形成に寄与せざるおえなくなったのであろう。

最後に紀平博士と同時期の有力な思想家蓑田胸喜博士が、紀平正美・蓑田胸喜 ・池田弘共著の『日本人の進路』(回天時報社)のなかで三井甲之を引用しつつ、「カント・ヘーゲル・マルクス思想に共通の旧式合理主義思想―この思想法こ そ故穂積博士の自然科学的『法律進化論』と共に赤化思想の根源である!―」 と批判した穂積陳重の言葉を引用しておきたい。

生活のために水火を踏むことを避け(警察カルトの存在を無視し)、理論を展開している自称学者は、心して聞け!

「士の最も重んずるところは節義である。その立つやこれに仗(よ)り、その動くやこれに基づき、その進むやこれに嚮(むか)う。節義の存するところ、水火 を踏んで辞せず、節義の欠くるところ、王侯の威も屈する能わず、猗頓(いとん)(巨万の富)も誘うべからずして、甫(はじ)めてもって士と称するに足るの である。学者は実に士中の士である。」(穂積陳重『法窓夜話』岩波書店、1988年、21頁)






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