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[再掲]警察不祥事にみる警察官の達成感と喜び。 [警察官は人間失格である]

 人間は、他者の喜びを自分の喜びにすることができるというが、不祥事を起こした警察官たちは、他者を苦しめることに喜びを感じているかのようである。

 2009年7月31日、兵庫県警加古川警察署交通1課の男性巡査長(29)が、女性のスカートの中を盗撮したとして、停職3カ月の懲戒処分を受け、同日付けで依願退職している。

 この男性巡査長は、2009年6月26日、JR山陽線須磨駅の階段で、前にいた女子大生のスカート内をカメラ付き携帯電話で撮影し、県迷惑行為防止条例違反容疑で逮捕された。

 兵庫県警の調べに対して、男性巡査長は「5年前から50回くらいやった。好みのタイプの女性の下着に興味があった。スリルと撮れたときの達成感があった」などと供述したという(「スリルと達成感 盗撮趣味の兵庫県警巡査を処分」『産経新聞』ニュースサイト 2009年7月31日18時34分)。

 男性巡査長の「達成感があった」との供述を信じれば、男性巡査長は、自身の行為に満足し、喜びを感じていたということになる。まるで、交通違反検挙のノルマを達成したかのような言い方である。


 2008年3月3日、福岡県警捜査2課の●●●●巡査長(31)が住居侵入で逮捕されている(「隣家の夫人と交際を…住居侵入で警官逮捕」『日刊スポーツ』ニュースサイト 2008年3月24日23時57分)。

 2008年2月末、●●巡査長の隣に住む30代の夫婦が「たばこの吸い殻が入ったビールの空き缶がベランダに放置されている」と地元の警察署に相談し、吸い殻の唾液から検出されたDNAが●●巡査長と一致したことから、●●巡査長は住居侵入の容疑で福岡県警に逮捕された。

 福岡県警の調べに対して、●●巡査長は「夫人が浮気しているのではないかと夫に疑わせ、離婚することになれば、自分と交際できるようになると思い、ベランダに侵入して缶を置いた」と供述したという。ドラマ『隣人は静かに笑う』を思わせる動機である。

 ●●巡査長の思惑通り、夫婦が離婚して、夫人と交際できたとして、嬉しいものであろうか。少なくとも、思いやりがあれば、こんなことをしようとは思わないはずである。


 2012年12月14日、男性巡査(21)が、警視庁警察学校の寮で金を盗んだとして、窃盗と住居侵入の容疑で地検立川支部に書類送検されている。男性巡査は、停職3か月の懲戒処分を受け、同日付で依願退職した。

 警視庁の調べでは、男性巡査は、警視庁警察学校の寮で2012年6月と10月の2回、同僚警察官らの部屋から現金計約16万円を盗んだ。

 警視庁の調べに対して、男性巡査は「知人女性へのプレゼント費用にしたかった」などと供述したという(「『女性のプレゼント費』警察学校寮で盗んだ巡査」『読売新聞』ニュースサイト 2012年12月15日18時24分)。

 一般的にいって、女性というものは、盗んだお金でプレゼントを買ってもらって、喜ぶものなのであろうか。男性というものは、盗んだお金でプレゼントを買ってあげて、嬉しいものなのであろうか。

 思いやりを持とうと心がけている人間は、自分が盗みをはたらけば、周囲の人間を悲しませると思うのが普通ではないだろうか。

 2013年8月30日、兵庫県警豊岡北警察署の男性巡査長(30)が、署内で上司の男性巡査部長(30)の財布から総額約20万円を盗んだとして、停職3カ月の懲戒処分になり、依願退職している。

 兵庫県警によると、財布の現金がたびたび減っているのを不審に思った上司の男性巡査部長が、2013年7月上旬、財布を入れたバッグに向けて、動画撮影機能を起動させたスマートフォンを物陰に置いたところ、部下の男性巡査長がバッグの中を物色する様子が映っていたという。

 さらに、男性巡査部長は1万円札に小さな印を付けており、男性巡査長が所持していた1万円札にも同じ印があったことから、男性巡査部長が上司とともに男性巡査長を問いただしたところ、盗んだことを認めたという。

 男性巡査長は、2013年4~7月に10回ほど、上司の男性巡査部長のかばんに入っていた財布から一部の現金を抜き取っていたが、男性巡査長が全額返済し、巡査部長も被害届を出さない意向を示したことから、男性巡査長は立件されなかった。

 兵庫県警の調べに対して、男性巡査長は「結婚資金をためていて生活費が必要だった」と供述し、容疑を認めたという(「スマホは見ていた…警官、上司から20万円盗む」『朝日新聞』ニュースサイト 2013年8月31日7時22分、「窃盗:巡査長、同僚の現金盗む 動画が決め手に 兵庫県警」『毎日新聞』ニュースサイト 2013年08月30日15時30分 参照)。

 男性巡査長は、盗んだお金で生活して、結婚資金を貯めようと考えたようだが、結婚資金を貯めるために泥棒してお金を貯めて結婚式を挙げて、嬉しいものであろうか。思いやりを持とうと心がけている人間なら、自分が盗みをはたらけば、愛する人を悲しませると思うのではないだろうか。


 2011年1月27日、福岡県警小倉南警察署葛原交番の男性巡査長(31)が、公用のデジタルカメラなどを無断で持ち出したとして、窃盗容疑で福岡地検に書類送検され、停職6月の懲戒処分を受けて、同日付で依願退職している。

 男性巡査長は、2010年11月4日と同月7日の勤務中に、小倉南警察署刑事1課鑑識係の作業室に立ち寄った際、新品のデジタルカメラなど3点(約8万円相当)を盗んだ。

 2010年12月21日に盗難が発覚し、小倉南警察署が窃盗容疑で捜査していたところ、2011年1月1日、刑事1課鑑識係長名で、同係長宛てに宅配便で送り返されてきたという。

 福岡県警の調べに対して男性巡査長は、宅配便で送り返した理由について「直接返す勇気がなかった」と話し、窃盗の動機について「精度の高いデジタルカメラで、子どもの成長を記録したかった」と供述して、容疑を認めたという(「鑑識のデジカメ失敬、『子の成長記録』と巡査長」『読売新聞』2011年1月27日19時33分)。

 たしかに、子供の成長を見守ることは、親の喜びである。男性巡査長の「精度の高いデジタルカメラで、子どもの成長を記録したかった」との気持ちは理解できる。だが、盗んだカメラで子どもの成長を記録しようという気持ちは、まったく理解できない。

 盗んだカメラで成長の記録を残してもらった子供が、大人になってから、その事実を知ったらどう思うだろうか。思いやりを持とうと心がけている人間なら、子供を悲しませるようなことをすることはできないと思うのが普通ではないだろうか。


 1999年12月21日、和歌山県警橋本警察署警務課留置管理係の●●●●巡査長(29)が、串本海中公園センター(同県串本町)に「爆弾を仕掛けた」との脅迫文を送りつけたとして、威力業務妨害容疑で和歌山県警に逮捕され、同日付で懲戒免職処分になっている(「『爆弾仕掛けた』警官が脅迫文 和歌山県警、懲戒免職処分に」『読売新聞』1999年12月22日東京朝刊、「爆破予告の元巡査長『国体に出たかった』 騒ぎになれば同僚辞退/和歌山県警」『読売新聞』1999年12月24日大阪夕刊参照)。

 ●●巡査長は1999年五月二十一日ごろ、「海中展望塔付近に爆弾を仕掛けた。五月二十三日午前十一時に爆発する」と、片仮名書きの脅迫文を作って串本海中公園センターに郵送。●●巡査長に脅迫文を送りつけられた串本海中公園センターは、二十三日午前十時四十五分ごろから約三十分間、串本海中公園展望塔への入場を禁止するなどの措置を取ったため、業務に支障が出た。

 和歌山県警の調べに対し、●●巡査長は容疑を認め、「国体の山岳競技に出場したかった。一次予選の成績が良かった同僚三人が二次予選に出なければ、代表になれると思った」「山岳競技の国体予選に同僚を出場させたくなかった。爆弾騒ぎが起きれば、同僚も警備に当たることになり、出場できなくなると思った」などと供述。●●巡査長の思惑どおり、同僚はこの爆弾騒動で国体予選に出場できなかった。

 和歌山県警の調べでは、●●巡査長は、和歌山東警察署地域課に在籍していた1998年の神奈川国体和歌山県予選で三位に入賞し、山岳競技の和歌山県代表(三人)に選ばれたが、同年七月に同署管内で起きた和歌山毒物カレー事件の捜査で出場を辞退。

 ●●巡査長は、1999年の熊本国体の出場を目指して、四月の国体の一次予選に同僚の警察官(警備部など)三人と出場したが、その結果は出場六選手中五位と振るわず、代表には選ばれなかった。

 そこで●●巡査長は「爆弾騒ぎで同僚の出場を妨げよう」と計画。

 二次予選は五月二十三日に和歌山市内で行われる予定であったため、直前の五月二十一日、和歌山市からできるだけ離れた場所の爆破を予告しようと和歌山県南部の同センターに脅迫状を郵送。この爆弾騒ぎの警戒で同僚三人は出場を辞退した。

 さらに●●巡査長は「犯行の発覚を遅らせよう」と捜査の撹乱を狙い、串本海中公園センター以外にも和歌山県南部の白浜、那智勝浦両町のホテルや博物館、遊園地、灯台など計二十三か所をターゲットに爆破予告の脅迫状十通を作成。同月二十二日ごろから三十一日にかけて、和歌山、新宮両市などから県内の小・中学校や報道機関、町役場などに郵送していた。

 ●●巡査長は、和歌山毒入りカレー事件で国体出場を断念しており、国体出場を断念することの辛さを知りながら、同僚に国体出場を断念させる目的で自ら事件を起こしている。つまり、●●巡査長は、国体出場を断念する苦痛を知りながら、同僚に同じ苦痛を与えようとしたのである。思いやりを持とうと心がけている人間には、とうていできないことである。

 さらに●●巡査長は「国体の山岳競技に出場したかった。一次予選の成績が良かった同僚三人が二次予選に出なければ、代表になれると思った」と供述しており、●●巡査長は、同僚に国体出場を断念させるという苦痛を与えても、自分が国体に出場できさえすれば、それなりに達成感を感じ、国体出場に喜びを感じることができると考えていたようである。


 以上、いくつかの警察官の不祥事とその不祥事をおこした警察官の供述をみたが、不祥事をおこした警察官たちは、通常、喜びを感じる場面でないことに喜びを感じているようにみえる。

少なくとも、思いやりを持とうと心がけている人間には、喜べないはずである。

 以前に述べたように、警察官が日常業務として行なっている行為はTPOを間違えると、犯罪行為になるのだとすれば、警察官の日常業務に達成感や満足感などを感じることは、犯罪行為に達成感や満足感を感じることと変わりないのではないだろうか。

 もしそうならば、日常業務に達成感や満足感を感じている警察官は、思いやりを持とうと心がけていないだけではなく、他人に苦痛を与えることに達成感や満足感を感じているということになりはしないだろうか。



[再掲]どんなに宣伝しても戦争は、人殺し!! 戦争は人殺しだが、戦時国際法に違反しなければ、犯罪にはならないというだけだ。 [博士が的中させた未来予測(ジョーク)]

『NEWSポストセブン』 というサイトにSAPIO 2016年11月号 「朝ドラ『戦争=人殺し』という描写の薄っぺらさを専門家批判」http://ironna.jp/article/4231という記事があった。

やっぱり、「戦争大好き、危機管理利権よありがとうの犬党のヒトたちが観れば、『ゲゲゲの女房』は、反戦ドラマ、反国家主義的ドラマにみえた」ようだ。

NHKの朝ドラは『おしん』の頃からよく見ています。良質な作品が多く、毎朝これを見ないと一日が始まらないという人もいるでしょう。 しかし、近年の作品は思想性が色濃く反映されたものが多いように感じます。たとえば、2010年に放送された『ゲゲゲの女房』では、主人公の夫・茂が戦時中に南方の島・ラバウルの最前線に送られた戦争体験を語る場面があります。  壊滅した前線から味方の部隊に命からがらたどり着くと、茂は上官たちから「命より貴重な銃を捨ててよく帰ってきおったなぁ」「なぜお前だけ生きて戻ったんだ!」と責め立てられる。これは、モデルとなった水木しげるさんの実体験です。ただし、その叱責の後には「今回のことは不問に付す。但し、次の戦闘では必ず挽回せい!」という上官の台詞が続くのです。  ちょっとした判断ミスによって命が失われるような過酷な状況では、軍の上官たるもの、常に厳しくあらねばならない。これは仕方のないことです。ただ、「不問に付す」という台詞で上官の愛情を示しているにもかかわらず、映像では上官たちがとても憎々しい表情をしており、憎たらしい存在として描かれている。文章の場合と違って、映像作品ではその“余白”にさまざまな要素を作り手が盛り込めます。旧日本軍とその上層部を「絶対的な悪」に仕立てようとする作為的なものを感じてしまうのです。

ただ、当時は軍人だけではなく、民間人も空襲で殺されていく、そういう現実が目の前にあった時代です。愛する家族の命を守るために、自分ができることをしたい、そう考えるのが当時の一般的な国民の気持ちだったのではないでしょうか。 「戦争反対」は、戦争のない平和な時代だからこそ叫べるのであり、戦時下で戦争反対を唱えることは、目の前で多くの命が奪われていく現実からの“逃避行為”に過ぎませんでした。そういう時代に生きた当事者の気持ちを察すると、「戦争=人殺し」という単純な構図で描いたこのドラマは、あまりにも薄っぺらなものに見えてしまうのです。


この記事の執筆者は、水木しげる先生の『水木しげる伝 ~ボクの一生はゲゲゲの楽園だ~』(2001年)や『総員玉砕せよ!』(1973年)を読んでいないようだ。

水木しげる先生は、帝国軍人として、戦争に行かれた方だ。

『ゲゲゲの女房』(2010年)は、その体験談を比較的忠実に描写してあったと思う。

水木しげる先生の反戦思想は、実体験に裏打ちされたものであるから、そう簡単に否定はできない。

否定することができるのは、同世代の人だけだろう。

戦争を体験した世代は、戦争は人殺しだということを否定されなかったように思う。

プロフィールを見ると、この記事を書いたヒトは、1956年生まれなのだそうだ。
【PROFILE】1956年生まれ。静岡浜松市出身。会社員、会社経営を経て国史研究家として活動。日本の正しい歴史を伝える自身のブログ「ねずさんのひとりごと」が人気に。著書に『昔も今もすごいぞ日本人!』、日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」』(いずれも彩雲出版刊)などがある。

「朝ドラ『戦争=人殺し』という描写の薄っぺらさを専門家批判」とあるが、証拠立てて批判しているわけではないようだ。

戦争を体験した世代が天寿を全うされ始めてから、戦争は人殺しではないという、妄想を抱くヒトが激増した。

戦争は人殺しだ。

戦争は人殺しだが、戦時国際法に違反しなければ、犯罪にはならないというだけだ。

戦争が、人殺しでなくなるというわけではない。

いくら、宣伝しても、

戦争に行って人を実際に殺した人たちに道義的同情があれば、一生罪業感から逃れることはできない。

その罪業感を感じなくするために、宣伝すれば、

相模原障害者施設殺傷事件の犯人と同じ考えを持ったニンゲンを量産することになるだろう。

日本維新の会、安倍自民党、日本会●の宣伝は、

戦前の宣伝と同じ匂いがする。

このブログで、陸軍中将佐藤鋼次郎の『国防上の社会問題』(冬夏社)について触れたが、冬夏社の同じシリーズ(日本社會學院調査部[編輯]の現代社會問題研究)の序言を近衛文麿(『革命及宣傳』)、松井茂(『犯罪問題』)、小河滋次郎(『本邦社會事業』)、桑田熊藏(『勞働者問題』)などが書いている。※松井茂、小河滋次郎、桑田熊蔵は社会教化運動の第一人者(漱石の親友米山保三郎と同郷の井上友一も社会教化運動の第一人者だったが既に亡くなっていた)。桑田熊蔵は漱石の同窓で中国地方(鳥取)の資産家の息子。『こゝろ』の私を鎌倉に誘った友人のモデルだったら面白いのだが  

近衛文麿は『革命及宣傳』の序で世論について書いており、宣伝や世論に並々ならぬ興味を持っていたようである。

昨今の安倍自民党や日本会●とかの宣伝を見ていると、近衛文麿が『革命及宣傳』に序を寄せた1921年ごろから、開戦へ向かう世相に似て来ているように思う。

あ、1921年は第一次安倍政権の2006年頃の世相で、今は  

もう、何が起きても不思議じゃない状況か  

※宣伝や世論に興味を持っていたためか、近衛文麿はアメリカとの開戦前に渡米した際、『世論』の著者のウォルター・リップマンと非公式にハワイかどこかで会談して、激論を交わしたらしい。近衛の自伝には、旧知の仲のように激論したといった趣旨のことがかいてあったように思うが、どこで出合っていたかは不明のようである。近衛は、西園寺公望にくっついてパリ講和会議に行き、たしか自伝には、新聞記者に紛れて会議を傍聴したと書いてあったように思う。リップマンもその時パリにいたようだから、この時、近衛とリップマンは知り合ったのかもしれない。会議を聞くために新聞記者に扮した近衛文麿が、第一次世界大戦で対独宣伝を仕切ったリップマンに教えを乞うたりしていたら、面白いのだが  。証拠はない。

※松井茂が愛知県知事時代に三重か愛知かで、言霊に関する古文書が発見され、松井はそれを入手して、言霊信仰を復活させたというネット上の噂がある。警察任官以来、宣伝に力を注いだ松井茂が、言霊信仰を復活、  でき過ぎた話だ。



以下、「反戦ドラマ? 反国家主義的ドラマ? 『ゲゲゲの女房』(2010年)を観た。」を再掲

 NHKの連続テレビ小説の『ゲゲゲの女房』(2010年)を観た。

 第34話に公安刑事が登場する。

 水木しげるの戦記漫画のファンクラブ「少年戦記の会」を、政治団体と誤解し、公安刑事が水木しげるの自宅を覗いたり、郵便ポストをあさったりするという描写がある。

特に
 女房(松下奈央)「やっぱり、家視とったののかな」
 しげる(向井理)「うん、どげした」
 女房(松下奈央)「ちかごろ、誰かに視られとるような気がするんです」
 しげる(向井理)「視られてる?」
 女房(松下奈央)「家の中を覗かれているみたいな…」
 しげる(向井理)「あ、そういえば俺も」
 女房(松下奈央)「あ~、気味悪い」

という茶の間での会話の場面は、公安刑事の気味悪さを見事に描写している。

 水木しげるの作品には、『水木しげる伝 ~ボクの一生はゲゲゲの楽園だ~』(2001年)や『総員玉砕せよ!』(1973年)など、自らの戦争体験に裏打ちされた反戦思想が如術にあらわれている作品がある。

『総員玉砕せよ!』は、NHKスペシャルで『鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争』(2007年)という題でテレビドラマ化されている。

 戦争大好き、危機管理利権よありがとうの犬党のヒトたちが観れば、『ゲゲゲの女房』は、反戦ドラマ、反国家主義的ドラマにみえたに違いない。