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「使命胸に遺体と向き合う 警視庁の⼥性検視官」?? 警視庁目白署の20代の男性巡査が、ご遺体を署内のごみ集積所に捨てる。 [警察官は人間失格である]

2017年8月2日の『共同通信 47NEWS』に「使命胸に遺体と向き合う 警視庁の⼥性検視官」という記事があった。

『北海道新聞』『東京新聞』『神戸新聞』『沖縄新報』などに同じ記事があることから、各新聞社に同記事が配信されたようである。

警察のCI活動用の広報は警察記者クラブで行われるものと思っていたが、

通信社が協賛して、各新聞社に配信するという方法もあるようである。

遺体の様子をつぶさに観察し、事件性の有無を見極める―。警視庁鑑識課の●●●●警部(47)は、同庁に現在いる28人の検視官の中で、ただ一人の女性として活躍している。「犯罪死を見逃さないことが使命」。重い覚悟を胸に、日夜、遺体と向き合っている。

都心のトイレ内で見つかった乳児の遺体が忘れられない。本来は祝福されるはずの命。「母親にはどういう事情があったのだろう」。現場の状況だけでなく、女性ならではの感性で事件の背景にも思いを巡らせる姿勢に、警視庁幹部は「女性の視点が加わることで、より精度の高い検視ができれば」と期待する。
などと書いてあった。

警視庁の女子寮「巣鴨寮」4階の石神井署交通課巡査長M穂の部屋の冷蔵庫で発見された赤ちゃんの遺体は、検視しなかったのだろうか?

あの事件広報には、「母親にはどういう事情があったのだろう」という視点が全く欠けていて、「警視庁の事情」しか伝わってこなかった。

あ、「警察の事情」しか報道しないから、怪奇現象のような記事になっていたのか・・・。

このブログで、「CI活動の定石が犬猫女性警察官」で不祥事のあった部署では「犬猫女性警察官」を使った宣伝が行われると繰り返し指摘してきた。

この記事も、それである。

2017年8月2日の『共同通信 47NEWS』の「使命胸に遺体と向き合う 警視庁の⼥性検視官」という記事は、7月末に、起きた不祥事の危機管理広報(不祥事のダメージをコントロールするための警察の良好なイメージの宣伝)と思われる。

7月末に起きた不祥事というのは、

警視庁のおまわりさん(警察官)が、

自殺者のご遺体をゴミと判断して、

ごみ集積所に捨てるという、

道義的同情を持った人間には、絶対できないような不祥事のことである。

2017年8月4日の『毎日新聞』のニュースサイトに「目白署 ごみ集積所前に遺体放置 業者が回収、一部未発見」という記事があった。
警視庁は4日、目白署の20代の男性巡査が踏切事故で亡くなった女性の遺体の一部を入れたビニール袋を署内のごみ集積所前に放置し、業者が回収していたと発表した。同署が気付き取り戻したが、一部は見つかっていない

事故は先月26日午後2時25分ごろ東京都豊島区の西武池袋線の踏切で発生し、同区の80代女性が電車にはねられ死亡した。警視庁交通捜査課によると、目白署は遺体の一部をビニール袋に入れて署に持ち帰ったが、巡査は不要だと思い込んでごみ集積所前に置いた。本来は霊安室に置くべきだったという。
などと書いてあった。

2017年8月4日の『産経新聞』のニュースサイトには「警察官が踏切事故死亡遺体を放置 業者が一時回収 警視庁」という記事があった。
警視庁は4日、7月に目白署の署員が、電車にはねられ死亡した80代女性の遺体の一部が入った袋を誤って署のごみ集積所前に放置し、袋を業者が一時回収していたことを明らかにした。一部の中身は発見できなかったという。

遺体を収容していた20代男性巡査が、誤って遺体の一部が入った袋を署のごみ集積所前に放置した。27日朝に別の署員がごみと勘違いし集積所内に運び、業者が回収。同日午後に紛失が発覚し、28日に中野区内のごみ集積所で発見したが、遺体を全て取り戻すことはできなかった。

遺体は本来、署内の霊安室に保管されることになっているが、男性巡査は「(遺体の一部なので)不要だと思った」などと説明している

などと書いてあった。

「ビニール袋を署内のごみ集積所前に放置」(毎日新聞)

「誤って遺体の一部が入った袋を署のごみ集積所前に放置」(産経新聞)

などと書いているが、

一般的に「ごみ集積所前に放置」するのは、「ごみ集積所に捨てる」というのではないだろうか?

このブログの「道交法違反は、死ななければならないほどの罪? 『ワイヤで体が2つに切断されて即死した』『男性の遺体が国道沿いの線路内に入った』って・・・、怖すぎるだろ。『白バイから逃走バイクの男性、電柱ワイヤに激突し体が切断され即死 神戸』!! [警察の怪談] 」で
鑑識やら検視の場面が出てくるドラマや映画があるが、あれは、警察宣伝だ。聴いた話では、実際には、解剖の必要なしの場合は警察は遺体を裸にしたまま転がしていくという。葬儀屋が浴衣を着せるるのだという。司法解剖や行政解剖の必要がある場合は、医学部(法医学教室)のある大学に警察と契約した葬儀屋が待機していて、切り刻んだあとの遺体の血を拭いたり、綿詰め込んだり、服を着せたりするという。この葬儀屋の労働単価が恐ろしく安・・・、というより、未払いの場合が多いそうだ。異常に安い金額で落札するため、賃金が支払われないとのことなので、警察がブラック企業を作っているといえるのではないだろか?このような葬儀屋(結婚式も行う)は、公務員共済(国家公務員や地方公務員)や警察互助会の機関誌に広告を載せている(広告料を支払っている)場合が多い。自分が結婚したり家族の葬式をしたところを、検挙したがらないため、ブラック企業を野放しすることになっているのだろうか?それとも天下っているのだろうか? ※H県警では、1990年代まで、各警察署には霊安室はなく、交通事故等で亡くなった方を駐車場に転がしていたというのは、有名な話だ。駐車場に油のシミのような汚れがあるが、あれは血だまりなのだそうだ。この話を教えてくれた警察職員は交通事故だけでは死にたくないと言っていた。検視で医者に診られるだけならいいが、警察官に診られるのが耐えられないのだそうだ。若い女の子は本間に可哀そうや・・・。と言っていたが、あれは何を示唆していたのだろうか?この警察職員は、水上警察署の霊安室(水死体を安置するため例外的にあったそうだ)の怪談を聞かせてくれた職員である。 こんなに、おどろおどろしい職場に怪談がないというのだから・・・ そのこと自体が、怪談だ。


「『自殺サークル』(2002年)という映画を観た。警察官が校舎に引っかかった投身自殺者の耳を処理する場面が… [ドラマ・映画ほか]」で、
34分19秒あたりに、警察官が校舎に引っかかった投身自殺者の耳を処理する場面である。  警察官の勤務に臨む態度が、良く表現されていた。  以前、自殺者のご家族の多くが、警察官の対応が悪いと不満を持っているという新聞報道があったが、そういうことだったのかと、納得できる良い表現だった。  警察官の弁護をするわけではないが、警察官は遺族の方々を怒らせようと思って、非道なことをしているわけではない。警察官は、普通に淡々と仕事をしているだけなのだ。ただ、漱石が言うように文芸の哲学的基礎が欠けているだけなのである。
などと書いた。

日夜警察教養を受けて、犬猫看板未満の扱いを受けているおまわりさん(警察官)にはありがちなことである。

犬猫看板未満の巡査からは、市民はゴミ未満に見えているのだろう。


今回の報道からは、

危機管理広報を先にして、

不祥事の発表を後にするという工夫がみられるが・・・

そんなことを考えるおまわりさん(警察官)って、

人として、どうなんだろうか?

夏目漱石001.png






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