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[再掲]『君の名は。』を観た。警察が出てこない所が、素晴らしかった。※「愛国心や愛社精神もこれと同じものだ。」と加筆した。 [アニメ・マンガほか]

『君の名は。』を観た。

転校生』『時をかける少女』『ひぐらしのなく頃に』『僕だけがいない街』の特徴的な要素を抽出し、うまい具合に混ぜ合わせ、爽やかな印象が残るようにまとめたものだった。

抽出されたそれぞれの特徴を上げると、
『転校生』の「男女入れ替わり」、
『時をかける少女』の「タイムリープ」、
『ひぐらしのなく頃に』の飛騨(岐阜県)で起きた自然災害「雛見沢大災害」(ガス発生を隕石に変更か?)、
『僕だけがいない街』の再上映(リバイバル)による悲劇の回避、
などとなっているようだ。

警察が出てこない所が、素晴らしかった。

ただ、「結び」がどうのと、意志一元論的(すべては、裏側の世界で時空を超えた何かで一つに繋がっている的)なことを言っているのが気になった。

ああいう、一見素朴な伝統的な考えを偽装して、国家神道が作られて、日本精神(大和魂)や警察精神(警察魂)やらが鼓吹され、国民皆警察化が行われ、日本の全体主義が作られて、敗戦(集団自殺か?)へまっしぐらに疾走したことを忘れてはいけ・・・

あ、犬党のヒトはそのことに気づいていないんだった。

この間、国会で拍手していたヒトは、

すべては裏側の世界(心の奥底?)で時空を超えて、気、魂、精神、意志などなど呼び方は色々だが、何か得体のしれないモノで一つに繋がっている的な考えに大賛成のヒトたちで、

カレらには、警官や自衛官が死んだら神社(弥生社、警察招魂社、警察官殉職慰霊碑。靖国や護国神社?)で祀りたがるという特徴があるという噂だ。

カレらは、ひとりひとりがみんな繋がっているから、憲法97条なんかなくても大丈夫と素朴に考えるようだが・・・

気、魂、精神、意志などなど呼び方はなんであれ、何か得体のしれないモノで一つに繋がっているのではなく、時空の中で欲望(利害関係)で繋がっているだけだ。

日本の全体主義が恐ろしいのは、

ダレかの欲望に殉じるというよりは、ミンナの欲望が制御不能になり、その欲望に殉じさせられることになるところだ。

ミンナの欲望の別名が大和魂や国民精神や警察精神だ。※愛国心や愛社精神もこれと同じものだ。

民主主義に幻想を持つヒトがいるようだが、民主主義も民主的な手続きによる利害(欲望)の調整手段でしかない。利害(欲望)の調整の仕方によっては、より大きく邪悪な欲望が残ることも往々にしてある。民主主義がヒトラーを生むのに何の不思議もない。

個人の利害(欲望)の調整原理は民主主義ではなく、道義的同情である。

犬党ばかりの日本の政治に欠けているのは、道義的同情である。

日本の政策は、道義的同情を欠いたものばかりだ。

壺売り政策ばかりだ。

日本会●が、神社神道を国家神道に・・・

怖いので、これ以上は書かない。



[再掲]「大和魂!」(苦沙弥先生の手製の名文)のくだりは必ず読もう!! 「『吾輩は猫である』4月から連載開始 紙面・デジタルで」(『朝日新聞』) [文芸評論家という探偵たち]

2016年2月12日ののニュースサイトに「『吾輩は猫である』4月から連載開始 紙面・デジタルで」という記事があった。

4月1日から「吾輩は猫である」を連載します。雑誌「ホトトギス」に1905(明治38)年から翌年にかけて連載された作品で、中学教師の苦沙弥(くしゃみ)先生に拾われた猫の視点で、文明開化の下にある人間社会を描きます。今年、漱石の没後100年を迎えるのを機に、最初の長編小説で、もっとも有名な作品の一つを通じて漱石の魅力をお伝えします。連載は来年3月までの予定です。

と書いてあった。

ぜひ、漱石の探偵に関する記述と、苦沙弥先生の手製の名文「大和魂!」をご確認いただきたい。

安倍さんなんかが、苦沙弥先生の手製の名文「大和魂!」を読んだら、腹痛ものだろう。

漱石は『吾輩は猫である』(第六話)に「大和魂!」(苦沙弥先生の手製の名文)という文章を書いている。

「大和魂! と叫んで日本人が肺病やみのような咳をした」

「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の芝居をする」

「東郷大将が大和魂を有っている。肴屋の銀さんも大和魂を有っている。詐偽師、山師、人殺しも大和魂を有っている」

「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふらふらしている」

「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」




※漱石は『吾輩は猫である』で「探偵と云う奴はスリ、泥棒、強盗の一族」「刑事巡査を神のごとく敬い、また今日は探偵をスリ泥棒に比し、まるで矛盾の変怪だ」と書き、『草枕』でも「掏摸の親分たる探偵」と書いている。『文芸の哲学的基礎』を普通に読めば、漱石が「警察(官)」を「探偵」と呼んでいることは、誰にでも理解できるはずである。

夏目漱石001.png


※想像力を膨らませ、「詐偽師、山師、人殺」を「資本家、政治家、軍人」などと読んでも良いが、そのような読み方は、「探偵」という語から漱石を心理分析する読み方と変わりな・・・、いや、そこまでは違わないか。「探偵」という語から漱石を心理分析して何かを言った気分になる学者(学屋)や文芸評論屋は心理分析の前に漱石の診断書(「神経衰弱」)を書いたのが、松井茂の親友の呉秀三だという事実に着目すべきだろう。国家主義(警察主義)を批判する漱石にとって、松井茂の親友の呉秀三に書かせた「神経衰弱」という診断は、それなりの使い道があったはずである。たとえば、この「大和魂!」(苦沙弥先生の手製の名文)で大和魂(=日本精神)を批判しても、「神経衰弱」といえば命まではとられないだろうし、親せき縁者に累が及ぶなんてこともないだろう。










[再掲]大胆予測!約16年後、つまり、2031年前後に3回目の大規模な原発事故が発生する?54年間に2回も住民が避難しなければならないほどの大規模な原子力発電所の事故が起きていることと原子力発電所数を考慮して、ざっくり計算するとこうなる。小規模な原発事故は、毎月どこかで起きている?? [ジョーク(近未来予測)]

ネットで調べると、

1954年6月に運転を開始したソビエト連邦のオブニンスク原子力発電所が、世界最初の原子力発電所らしい。

1986年4月26日にチェルノブイリ原子力発電所事故。

原発開始から最初の大規模な事故発生までに要した年月は、

約32年。

2011年3月11日に福島第一原子力発電所事故。

最初の大規模な原発事故発生から2回目の大規模な原発事故発生までに要した年月は、

約25年。

2012年で世界で386基、世界で建設中や計画中は163基ということだから、増加傾向のようである(https://eneco.jaero.or.jp/important/world/world03.html)。

原発開始から最初の大規模な事故発生までに要した年月は、約32年。

世界の原発総数が増加した結果、

最初の大規模な原発事故発生から2回目の大規模な原発事故発生までに要した年月が、約25年と、

約7年縮まったと考えられないだろうか?

1954年6月    1基
1960年代末  85基
1970年代末 228基
1980年代末 425基
http://www.jaif.or.jp/cms_admin/wp-content/uploads/2014/12/recent-world-npp-trend.pdf" target="_blank">http://www.jaif.or.jp/cms_admin/wp-content/uploads/2014/12/recent-world-npp-trend.pdf)
ということらしい。

1980年代の新規着工件数が11基/年ということだから、5年分差し引くと425-4×11=381基となる。

1986年4月26日のチェルノブイリ原子力発電所事故当時の全世界での原子力発電所は、約381基ということになる。

原子力発電所が1基から、約381基まで増加する過程で、

第1回目の大規模な原発事故が発生し、

約381基から386基前後で推移した1986年から2012年に至る過程で、

第2回目の大規模な原発事故が発生したのである。


2012年時点で世界で386基、世界で建設中や計画中は163基ということだから、

386基から、163基増加し、約1.4倍の549基に増加したら・・・

2回目の大規模な原発事故発生から3回目の大規模な原発事故発生までに要する時間は、短くなるのではないだろうか?

最初の大規模な原発事故発生から2回目の大規模な原発事故発生までは、約381基から、386基とほぼ同数で、約25年かかった。

386基から、163基増加し、約1.4倍の549基に増加したら、

2回目の大規模な原発事故発生から3回目の大規模な原発事故発生までに要する時間は、1/1.4倍速くなるのではないだろうか?

25×1/1.4=17.857・・・
        ≒18年

2回目の大規模な原発事故発生から3回目の大規模な原発事故発生まで約18年、

ざっくりした計算なので20年前後だとしたら、

今2015年だから、約16年後には、3回目の大規模な原発事故が発生するということになる。

つまり、2031年前後に3回目の大規模な原発事故が発生するだろうと予測できるわけである。

54年間に2回大規模な原発事故が発生したことから、もっとざっくり予測すると、

2065年(2011+54)ごろまでに、大規模な原発事故が2回発生するだろうともいえる。


科学者が、

「事実わが国では約1,000炉・年(各原子炉の運転年数を全原子力発電所について加算した総和)の運転実績があるが、大量の核分裂生成物を放出するような炉心損傷事故は一度も起こしていない。このことは一基(炉)の原子力発電所に換算すると、1,000年間も炉心損傷事故を起こしていないことを意味する。」

「炉心損傷事故の頻度は炉・年あたり1×10-7以下と評価されている」

「原子力発電所の安全性は自動車事故よりも一万倍以上安全である」(村主進「原子力発電はどれくらい安全か原子力システム研究懇話会」(原子力システムニュースVol.15,No.4(2005.3)に掲載)http://www.enup2.jp/newpage38.html)などと書いているが・・・

原子力発電所で発電開始後、何回住民が避難しなければならないほどの大規模な原子力発電所の事故が起きたかと言えば、2回も起きている。

「1,000年間も炉心損傷事故を起こしていないことを意味する。」というのは、

ある条件の下での計算上は、正しいのかもしれないが・・・

54年間(2011年-1954年=54年)に2回も住民が避難しなければならないほどの大規模な原子力発電所の事故が起きているのだから、

経験上の発生頻度を問題にしなければいけないのではないだろうか?

「1,000年間も炉心損傷事故を起こしていないことを意味する。」「原子力発電所の安全性は自動車事故よりも一万倍以上安全である」(村主進「原子力発電はどれくらい安全か原子力システム研究懇話会」(原子力システムニュースVol.15,No.4(2005.3)に掲載)http://www.enup2.jp/newpage38.html

というのは、悪い冗談だ。


補足:

「海外PWR原子力発電所におけるINESレベル2以上の主な事象(1992年~1998年) (02-07-04-22)」によると、 1990年から2006年の「原子力発電所に関するものは、1990年以降は約100件」となるという。

表3、表4の事故件数の集計表が示されているが、

表4「諸外国における原子力発電所のレベル2以上の事象例」(2001~2006)には、20件のレベル2の事故が示されているが、諸外国ということで、日本の事故が見当たらないので対象外とする。

表3「INESのレベルに応じた事故・事象件数(1990年4月~2000年12月)」によると、原子力発電所に関するレベル2以上の事故は、レベル7が1件、レベル5が1件、レベル3が6件、レベル2が73件、計81件になる。

レベル7の1件は、チェルノブイリ原子力発電所事故なので、

1990年4月~2000年12月の約10年の間にレベル7未満の小規模な原子力発電所の事故は、80件となる。

つまり、レベル2以上レベル7未満の小規模な原子力発電所の事故は、

年間8件起こっているということになる。

6か月で4件、

3か月で2件、

1ヶ月約0.67件、

ということになる。

レベル1がレベル2と同数以上あるとするなら、毎月1件以上どこかで事故が起きているということになるだろう。

ちなみに、

原子力発電所外に影響があるレベル3以上の事故は、レベル7が1件、レベル5が1件、レベル3が6件、計8件になる。レベル3以上レベル7未満の事故は、10年で7件になる。

つまり、1年間0.7件の原子力発電所外に影響がある小規模な原子力発電所の事故が起こっていることになる。


※便宜上INESレベル7以上を大規模な事故、INESレベル7未満を小規模な原発事故と呼んだ。なお、事故件数は「海外PWR原子力発電所におけるINESレベル2以上の主な事象(1992年~1998年) (02-07-04-22)」(http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=02-07-04-22)を参照した。