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[再掲]⓪「『警察の怪談』がないという怪談」・・・警察官10万人当たりの自殺率は13人、幽霊警察施設に配属になる確率は13.6%、拳銃自殺に使用された拳銃が貸与される確率は0.1%?? [リクルーター(警察はブラック企業)]

 旅館ホテル、学校など大勢の人が集まる場所を舞台にした怪談、山や海の事件や事故の現場、病院のように人の生死に関係のある場所の怪談はよくあります。ところが、不思議なことに不特定多数の人が集まり、事件や事故、人の生死に直接かかわる場所の警察施設での怪談は、ほとんど聞きません。

 市販されている怪談を扱った書籍などでは、自殺者の霊が怪異を引き起こしていると暗示するものが結構あります。三大怪談の『番町皿屋敷』などもそうです。怪談集には、自殺に関する怪談が必ずあると言っていいくらいです。それでも不思議なことに、同じ交番で二人つづけて拳銃自殺するなど新聞で「呪われた交番」と報道される場所もあったり、毎年自殺者が多く出ていたりする警察施設を舞台にした怪談がほとんどありません。

 そればかりか、警察官に関連する殺人事件や事故に関する怪談もありません。

 さらに不思議なことには、拷問で死人が出ることもあった戦前の警察を舞台にしたものすらお目にかかることができないのです。国立国会図書館の書籍を検索しても「病院の怪談」(6件)や「学校の怪談」(138件)はありますが、「警察の怪談」(0件)や「交番の怪談」(0件)は見つけることができません。「警察」「怪談」で検索して、ようやく田中貢太郎さんの『日本怪談大全 第2巻 幽霊の館』に「警察署長」という怪談が見つかるくらいです。ちなみに「警察署長」はロシアの警察署長に関する怪談でした。

 記憶する限りでは、警察施設に関する怪談は、タレントのなべやかんさんのブログに「霊園前派出所」という記事があるくらいです。なべやかんさんは、ある交番に勤務する警察官から交番の二階に幽霊が出ると聞いたそうです。テレビ番組でも、警察官の霊を扱ったお話にはとんとお目にかかれません。ずいぶん前に、歌手の野口五郎さんの体験談をもとにしたという「旋律の一夜!殺された警官の無念!」(「新あなたの知らない世界」で放映された)があるくらいです。

 日本では毎年33人(「平成六年度から平成十五年度までの十年間に自殺した現職警察官の数は全国で三百三十一名」)の警察官が自殺され、その内の5人程度の警察官が警察貸与の拳銃を使用して警察施設内(特にトイレが多いようです)で自殺されていると言われています。新聞報道で確認できる拳銃自殺は2006年度から2010年度の5年間で30人、平均すると年間平均拳銃自殺者数6.0人となっています。警察官の年間平均自殺者数33人というのは、少々古いものですが、国会質問で明らかになった数字で、その後、劇的に警察官の自殺者数が減ったという報道がないことから、少なくとも当時と同じ状況が続いていると思われます。

 この年間平均自殺者数33人という数字から計算すると警察官10万人当たりの自殺率は13人になります。日本全体で10万人当たりの自殺率は24人程だそうですから、この数を多いと捉えるか少ないと捉えるかは微妙です。

 なぜなら、警察官選考試験では、一般教養だけでなく運動能力も重視され、面接も入念に行われていて、心身ともに健康な方が警察官になられているはずだからです。

 つまり、警察官になられた時には自殺の要因は、なかったと考えられるのです。

 不思議なことに、心身ともに健康な方が警察官になったとたんに、うつ病等の精神疾患になるようで、昔から警務(一般企業で言う人事)関係の書籍で警察官は、うつ病等になりやすいと指摘され続けています。

 日本社会では自殺の原因をうつ病と結び付ける慣習があり、現在も自殺原因の一つとされています。

 最近は広島大学などで血液を使ってうつ病の診断をするという研究がすすめられているようですから、警察官選考試験や採用時に血液検査をして数カ月おきに検査してデータを収集すれば、警察官のうつ病発症メカニズムが明らかになるかもしれません。

 近いうちに、警察官の自殺が激減し自殺率が限りなく0に近づく日が来るかもしれません。そうなればよいのですが…

 自殺率やうつ病発症率はともかく、警察官に採用される時点では、心身ともに健康だったはずの方が自殺を決意して、その多くが警察施設内で実行されるわけですから、警察官が自殺されるのには相当な理由がありそうです。

 警察施設を怪談の舞台としてみれば、警察官の自殺の場になるばかりではなく、各警察署には霊安室があり、一般の自殺者や事故死者などで既に亡くなられている場合などは、警察施設に仮安置されています。

 その点では、病院の霊安室とおなじようなものですが…

 強いて違いを言えば、警察の場合は病死がほとんどなく不慮の事故や自殺、殺人の被害者など無念の死を遂げられた方々が霊安室にやってこられます。

 警察施設には代用監獄などと揶揄されている留置場などもあって、まれに自殺もあります。兵庫県警察本部の留置場で尼崎連続殺人事件の容疑者が自殺したことが記憶に新しい。それはさておき、留置場には殺人犯も留置されるわけですから、警察施設は怨念渦巻く空間と言っても過言ではないはずです。

 それでも、警察施設や警察装備に関する怪談がないのです。

 警察施設や警察装備に関する怪談がないこと自体が怪談なのかと思えるほどです。

 そこで、一般的な怪談によくみられる自殺者が霊現象を起こすというお話が事実だとの前提で、怪奇現象が起こる可能性のある警察施設に配属になる確率を概算してみました。

 総務省統計局「統計でみる都道府県のすがた 2011」によると、2009年度の警察署・交番その他の派出所・駐在所数は、可住地面積100k㎡当たり11.8か所だそうです。同年度の日本の総面積3,779.47(100k㎡)、可住地面積割合32.6%ですから、2009年度の警察署・交番その他の派出所・駐在所数は、14,539か所(3,779.47×32.6%×11.8か所=14,538.8…)になります。年間平均自殺者数33人とすると60年間(日米安全保障条約調印の1951年以降を現行警察と想定)で1,980人(33人×60年=1980、警察署数と自殺者数の比が等しいものとして概算)になり、幽霊警察施設に配属になる確率は13.6%(1,980÷14,539=0.1361…)になります。平均3年で転勤になると考えると、退職までに一度は幽霊警察施設で勤務できるということになりそうです。

 ちなみに、拳銃自殺に使用された拳銃が貸与される確率は、0.1%です。毎年33人の警察官の自殺者の内の5人が拳銃自殺するとして計算すると、60年間で1,980人中300人(1,980 × 5/33=300人)が拳銃自殺されたことになります。2009年度の警察官数は、警察官数は総人口1,000人当たり1.98人(総人口10,000人当たり19.8人)ですから、日本の総人口12,751万人から計算すると、252,470人(12,751万人×19.8人=252,469.8人)です。全警察官に拳銃が貸与され、拳銃が再利用されているとすると、0.1%(300÷252,470丁=0.0011…)になります。

 警察官の自殺者に関する統計資料が入手困難(警察についての分析や批判は今なおタブー)なため、あまり意味のない数字ですが、警察施設が病院や学校など他の怪談の舞台になる施設と比較しても、決して劣らないくらいの霊現象があっても不思議ではない場所だということをご理解いただくためにあえて計算してみました。

 警察官には、自殺者ばかりでなく殉職者もいらっしゃいますから、もっと警察施設を舞台にした怪談があっても不思議ではありません。

 警察官の年間殉職者数については、「明治7(1874)年の創設以来の殉職者が合祀されている。ちなみに、平成7年までの122年間では約5400名が合祀されていて、年間平均にすると44.3名となる」と、年間平均殉職者数約44人説があります。ただし、この殉職者数には、西南戦争の戦死者、コレラなど伝染病での死者、第二次世界大戦時の空襲による死者が含まれていると考えられることから、平時は自殺者数より少ないと思われます。

 ともかく、怪奇現象が実在するなら一般社会同様に警察施設でも、怪奇現象が起こる蓋然性はあるのです。

 一般社会で怪奇現象が起こっていて、警察だけで起きないということには、何か目に見えない強い力が働いているかのようです。

 何か見えない力が働いて『警察の怪談』がないのだとしたら、『警察の怪談』がないという怪談以上の怪談はないでしょう。



[再掲]●●容疑者の主張が「ヒトラーと似ていること」は、安倍自民党の政治思想がナチス・ドイツの政治思想と酷似していることの証とみるべきだろう。 [安倍総理、日本国万歳!! 忖度自爆テロ??]

2016年8月1日の『時事ドットコム』のニュースサイトに「『精神疾患当てはまらず』=薬物影響『限定的』-相模原襲撃事件で専門家」という記事があった。

●●容疑者は2月、衆院議長公邸に「障害者を抹殺する」などと書いた手紙を持参していた。精神科医の香山リカさんは「本人の特異な考えから書かれた手紙は、一般的な常識からは大きく外れた内容だ。しかし文面の構成や論理性に、精神疾患による妄想的な破綻は見られない」と指摘する。  また、「自己愛性人格障害などの精神疾患でもない」と話し、理由として「自分を特権的な存在と自覚するのが自己愛性人格障害の特徴。手紙からは、逆に国家のために自らを犠牲にしようとする姿勢が見られる」と分析。「手紙の内容から従来の精神疾患を読み取るのは難しい」と結論付けた。

薬物事件に詳しい小森栄弁護士は「大麻は基本的に人をリラックスさせる効果があり、大麻だけでは他人に危害を加えることは考えにくい」との見方を示す。ただ、「(●●容疑者が)精神疾患だった場合、薬物と複合して幻覚や妄想が強まる可能性はある」と指摘する。  その上で、「手紙では、『障害者を殺す』行為が法律的に犯罪に当たると認識している」と分析。これまでに携わった事件などから、「(事件では)手紙の内容通りに目的を持った行動を取っており、薬物の急性中毒による犯行ではない」と述べた。
などと書いてあった。

精神科医の香山リカさんは確かに専門家だろうが、「小森栄弁護士」というのは、専門(薬学技官かそのOBあたりに聞くべきか)が違うんじゃないだろうか?

ま、それはさておいて、

●●容疑者が精神疾患や大麻中毒によって、犯行を行ったのではないということが明確になったようだ。

警察には、テロ対策の専門家がいるはずだから、●●容疑者の手紙の内容を確認していれば、右翼系のテロリストであると断定できたはずである。

あ、やっぱり、自民党に気を使ったのか・・・

2016年8月2日の『ロイター』のニュースサイトに「ヒトラー『施設側指摘で知った』」という記事がある。

相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され26人が負傷した事件で、元施設職員●●●容疑者(26)=殺人容疑などで送検=が、障害者に対する差別的な考えについて「ヒトラーと似ていることは、施設側に言われて気付いた」と供述していることが2日、捜査関係者への取材で分かった。
のだそうだ。
神奈川県警津久井署捜査本部は、●●容疑者の主張とナチス・ドイツとの間に関連があるか慎重に調べる。
というが・・・

●●容疑者の手紙からは、安倍自民党の政治思想の影響であることが読み取れる。その思想を津久井やまゆり園で鼓吹したところ、
障害者に対する差別的な考えについて「ヒトラーと似ていることは、施設側に言われて気付いた」
ということのようだ。

このことは
●●容疑者の主張とナチス・ドイツとの間に関連があるか
ではなく、

●●容疑者の主張が「ヒトラーと似ていること」は、

安倍自民党の政治思想がナチス・ドイツの政治思想と酷似していることの証とみるべきだろう。

あ、日本警察の思想がナチス・ドイツの政治思想と酷似して・・・

いや、それ以上のものを目指した思想(松井茂の国民皆警察)だった。

安倍自民党の政治思想(安倍原理主義=警察原理主義)と同じ思想だった。

※障害者施設ではなく健常者の小・中学校に犯罪予告していた場合、警察は迷わず●●容疑者を逮捕していたのではないだろうか?日本警察の優生学的思考が見え隠れしているといえるだろう。

以下
神奈川県相模原市の津久井やまゆり園の大量殺人事件で警察は、なぜ、措置入院させる前に家宅捜索しなかったのだろうか? 警察に致命的なミスがあるのではないだろうか? 
を再掲。
―――――――

普段なら、容疑者逮捕直後から、

警察関係者からの情報がマスコミにダダ漏れするのに、

神奈川県相模原市の津久井やまゆり園の大量殺人事件では、警察から情報が(あまり)洩れてこない。

警察のこの死んだふり作戦は、

今回の事件で、

警察が、致命的なミスをしているからではないだろうか?

神奈川県相模原市の津久井やまゆり園の大量殺人事件が起きた日の夜に、

このブログで、

衆議院議長大島理森自民党衆議院議員宛の手紙で、決行日以外のテロの方法を具体的に書いていたのに公安は、●●容疑者をマークしていなかったのだろうか?
と書いた。

衆議院議長大島理森自民党衆議院議員宛の手紙を普通に読めば、

●●容疑者が、右翼系のテロリストの可能性が疑われる。

●●容疑者の背中に彫物があるとなると、なお怪しい。

日本警察には、公安警察というテロ対策が専門の部門がある。

●●容疑者は衆議院議長に出した手紙で、今回の事件を示唆する大量殺人の具体的計画を示し、その犯行を予告している。

公安警察には、

犯行予告した●●容疑者の背後関係を調査する必要があるはずである。

●●容疑者の背後関係を捜査するには、

まず、第一に、

殺人予備罪(刑法201条)かなにか、無理でも理由をつけて、●●容疑者を逮捕して、

●●容疑者の自宅の家宅捜索をするのが捜査の定石ではないだろうか?

警察は、なぜ、家宅捜索しなかったのだろうか?

警察OBのコメンテーターが指摘しないのが不思議・・・

あ、警察の失態から目をそらすのが彼らの役目か・・・

●●容疑者の自宅の家宅捜索し、

犯行計画の事実が確認できず、

ただの妄想であったと確認できた場合に、

はじめて、措置入院の手続きとなるのではないだろうか?

なぜ、家宅捜索もせず、措置入院をさせたのだろうか?

金田一君やコナン君なみの推理をしてみると、

●●容疑者は、わざわざ衆議院議長大島理森自民党衆議院議員に宛てて、犯行目的と犯行計画を書いた手紙(「相模原殺傷 衆院議長宛て手紙 全文」『毎日新聞』2016年7月26日)を渡している。

その手紙には、

私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛(つら)い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。 私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。

ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。日本国と世界平和の為に何卒よろしくお願い致します。想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。
などと書かれていたという。

この事実から、

●●容疑者の背後関係のウラをとるには、大島理森衆議院議長と安倍晋三内閣総理大臣から事情聴取する必要がある。

なぜなら、教唆や共謀共同正犯の可能性があるからである。

あくまで可能性だが、まず、この可能性を消すのが捜査のイロハだろう。

この可能性を一つずつ消すことによって、●●容疑者の行為が妄想によるものなのか、政治思想に基づくテロ(組織的か単独かなど)なのかの区別ができるのである。

大島理森衆議院議長と安倍晋三内閣総理大臣の名前があるからといって、事情聴取までは・・・
と考えるヒトがいるかもしれないが、

もし仮に、日本共産党書記長宛の手紙に、大量殺人計画の概略が書かれ、実行の指示を求める内容が書かれていて、その手紙を公安警察が入手した場合は、どうだろう。

日本警察は、事情聴取を飛び越えて、日本共産党にガサを入れるのではないだろうか?

本来、警察が取締るテロに右翼も左翼も関係ない。

ところが、

今回の事件では、日本警察が政治的な判断をして、捜査の手順を踏まずに、●●容疑者の犯意を軽く見て、●●容疑者を精神疾患と断定し、措置入院(懲罰的)させたのではないだろうか?

つまり、参議院選挙を控えている時に、自民党の大島理森衆議院議長と安倍晋三内閣総理大臣から事情聴取はできないとの判断をした警察幹部がいたのではないかということだ。

もし、そうなら、これは大変な失態である。

なぜなら、

神奈川県相模原市の津久井やまゆり園の大量殺人事件は、参議院選挙を控えている時に、自民党の大島理森衆議院議長と安倍晋三内閣総理大臣から事情聴取はできないとの判断をした警察幹部によって、引き起こされたと非難されかねないからである。

あくまで、金田一君やコナン君なみの推理であるが・・・

以上が、警察が死んだふりをしている理由である。

※2016年3月「22日の閣議で、共産党について『警察庁としては現在においても「暴力革命の方針」に変更はないものと認識している』とする答弁書を決定した。」(「共産『暴力革命』変わらず=政府答弁書」『時事ドットコム』ニュースサイト)という、唐突な答弁(鈴木貴子衆院議員だったが・・・)には、●●容疑者の大量殺人が参議院選挙期間中にあった場合の保険をかける意味があったのではないだろうか?あくまで、金田一君やコナン君なみの推理であるが・・・

※●●容疑者の衆議院議長大島理森自民党衆議院議員に宛てた手紙に「ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。」とあるが、まさか・・・、自民党からの作戦実行の指示も犯行中止の指示もなかったことを、●●容疑者が黙示の作戦実行の指示と解して、犯行に及んだということはないのだろうか、その辺をしっかり事情聴取願いたいものである。あ、不利になるようなことは訊かないか・・・。

※報道を見ていると、措置入院(●●容疑者の精神の異常性の強調)の制度改正(改悪)に焦点を絞っているように思われる。障害者の大量殺人が障害者の監視の強化に使われるというのは、いかがなものだろうか。今回の事件は、措置入院の問題ではなく、具体的な方法を明示した殺人予告があったにもかかわらず殺人予備罪(刑法201条)等で捜査しなかった警察の捜査態勢に問題がある。

※措置入院が、政治思想の統制に悪用されないか、心配である。例えば、安倍自民党思想を批判する思想を精神異常として、措置入院させ、社会的に抹殺することで、安倍自民党思想以外の考えが異常なもの(安倍自民党思想が「普通」)であるとの世論形成のために使うなどの懸念がある。これは、警察は正義で、警察を批判する人は異常という世論を作る手法の応用とも言える。これは、このブログで以前述べたが松井茂の国民皆警察の応用である。松井茂の思想(国民皆警察)は、ヒトラーの思想と酷似しており、松井茂は『教育勅語と警察精神の発揚』(松華堂、1937年)や『“都市教化の諸問題”我国体と地方自治』(中央教化団体連合会、1936年)でヒトラーの政策を絶賛している。松井茂は共感を「同情」と呼んで、警察への「同情(共感)」を訴えた。このことを批判する意味で漱石は単に「同情」といわずに、わざわざ「道義的同情」と呼んだのではないかと思われる。松井茂の「同情(共感)」は善悪判断を他人任せ(国家任せ・警察任せ)にするようにとの宣伝だが、漱石が言う「道義的同情」は各個人が個々に善悪判断をする契機になるものである。戦前の社会教化運動で「同情」の重要性が主張されていたが、この「同情」を「同情(共感)」と理解するか、「道義的同情」と理解するかによって、国民の倫理観が、警察の職務倫理的な倫理になるか、道徳の基礎付けのある倫理になるかの違いが起こると思われる。現在、道義国家を主張するヒトビトの倫理観は前者と思われる。「同情(共感)」は他者の苦しみを感じることだが、それだけでは他者の苦しみを喜びにすることの前提ともなる。「道義的同情」は他者の苦しみを自分のものと感じることで、他者の苦しみを喜びとすることはない。松井茂の国民皆警察運動は戦前の社会教化運動でいうところの「同情」を、「道義的同情」ではなく「同情(共感)」と感じるようにさせることを目的にしていたと思われる。戦前の社会教化運動を批判する際、「同情」が「道義的同情」から「同情(共感)」へと変わっていった理由を押さえておかなければ戦前の社会教化運動の「同情」を否定することで、「道義的同情」をも否定することになり、結果的に松井茂の国民皆警察に与する結果となる。松井茂の倫理観は上司の命令でどんな残酷なこともできるヒトを作るためのものである。漱石が、探偵化を全否定したのは、単なる職業差別ではなく、そういう意味からと考えるべきである。

※穂積陳重・金井延・小河滋次郎・井上友一・桑田熊蔵らの「同情」は「道義的同情」(漱石が英雄と呼ぶショーペンハウアーが言う意味での同情と思われる)を指しているが、窪田清太郎・松井茂の「同情」は「同情(共感)」を指している。「道義的同情」から「同情(共感)」への変化に注意して、社会教化運動が国民精神作興運動や国民精神総動員運動となり、翼賛体制に吸収されていく過程を検証すれば、日本を敗戦に導いていった亡国の思想が何だったか、明らかになるはずである。

※「同情」という語に嫌悪感を感じるよう繰り返し宣伝することは、「共感」を基礎にした警察の職務倫理的な倫理を普及させるのに極めて効果的な戦略である。「同情するなら金をくれ!」というが、「道義的同情」による行為は、被同情者に嫌悪感を抱かせない配慮もあるものである。『小僧の神様』は、少しそんなところを意識して書いてあるような気がする。

※●●容疑者が、ヒトラーの思想に「同情(共感)」したとしても、●●容疑者の精神に「道義的同情」があれば、人を殺すことはできないはずである。「道義的同情」を欠いた警察官の職務倫理は、テロリストの精神と同じである。これが、職務倫理を強化しても一向におまわりさん(警察官)の不祥事がなくならない、本当の理由である。政権をとったテロリストが、警察官という呼び名に代わるだけだと思って、おまわりさん(警察官)に接していれば、おまわりさん(警察官)による犯罪の被害者にならずに済むのではだろうか。