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第五章 成就する漱石の未来予測 ブログトップ

1.「自治と警察」―「人類自然の服従的の性質」による服従の習慣の形成 [第五章 成就する漱石の未来予測]

 漱石が『吾輩は猫である』の第十一話で「二十世紀の人間はたいてい探偵のようになる」(探偵化論)と予測したことが、漱石の死後現実となる。それは松井茂の警察に関する論稿で確認することができる。不思議なことに松井茂の警察国家に対する論調が、漱石の生前と死後で一八〇度変わるのである。そして「忠恕」の「恕」(おもいやり)に源泉があるとする漱石の公徳観と、「忠」に源泉がある松井茂の公徳教育(広義の警察教育)との違いが、鮮明になって行く。
 一九〇五年(明治三十八)に著した「警察と助長的設備」(『警察協会雜誌』第五六号、一九〇五年)で松井茂は、大日本帝国憲法「第九條中の謂ゆる、『臣民の幸福を増進する云々』の規定が、則ち助長的の事務」であり、「第九條中の謂ゆる、『安寧秩序を保持し云々』とあるは、則ち警察事務」であると、「助長的事務」と「警察事務」を定義した。
 ここでいう「助長的事務」とは「第一は人事、第二は衛生、第三は経済、第四は教化、第五は救貧」のことである。さらに松井茂は「助長的事務」を「有形的の助長事務」と「無形的の助長事務」の二つに区分している。それによれば、「有形的の助長的事務」というのは、有形的(物質的)に臣民の幸福を生じさせるもので、「公立の学校とか、寺院とか、博物館、図書館、鉄道、郵便、道路、河川、港湾」などが「有形的助長的設備」にあたる。「無形的の助長的事務」というのは、教育、宗教など「精神的の感化」によって、幸福を増すものである。
 さらに、松井茂は「国家は、臣民の幸福を増進する為に、臣民を強制することは出来ないのであります、要するに助長的事務の如き、積極的の事務は、強制的でありませぬ、之に反して、警察行政と云ふものには、一種の強制が必要であります」と「助長的事務」と「警察事務」との差異を明らかにした上で、「然るに昔時の国家は、臣民の幸福を増進する為に、之を強制すると云ふやうに考へまして、甚しきは助長的事務のことをば、増福警察と迄称して居りましたので、当時の国家は、一にも二にも警察を標榜として居りまして、警察国家なる名称さへ存在して居つた位であります」と、「警察国家」を批判した。
 ところが、漱石の没後の一九一七年(大正六)に著した「警察行政の根本義(上)(下)」(『警察協会雑誌』第二〇七・二〇八号、一九一七年)で松井茂は、「人類自然の服従的の性質」を根拠に警察国家に対して肯定的な解釈をする。
 松井茂は、「欧州に於ては古昔警察万能の時代、所謂俗に警察国家と称する時代があつた」「警察国家とは抑も何であるかと云ふと、普通一般に人とは単に警察権を以て民衆に圧制を加へたるものであると申しますが、決して徒らに人民に強制すると云ふ様なる簡単なる言葉を以て、之を評することは出来ない」と主張している。松井茂は、「人類自然の服従的の性質」があり、「警察権に服従し安寧秩序を維持すると云ふことは、国民の先天的自然義務で」、「人類自然の服従的の性質」が観念の土台となっており、「決して警察国家は圧制すると云ふの根本的観念から生じたるのでないので、国民が自然に服従しなければならぬと云ふの観念を有せるより、自然に此に至りたのである」というのである。
 この「人類自然の服従的の性質」を根拠に松井茂は、「国家は人類の、此自然的の義務を有して居る者に対して、権力を応用して之を強制して、警察権を実行するに過ぎない」という。「人民が警察に対し一般に服従する所の義務を自覚せる事は、恰も兵役の義務や、納税の義務などゝ異ることはないので、是れは国民の自然的の義務と称すべきものである。此観念が警察国家の思想の根蔕である」と、警察に対する服従の義務が警察国家の土台であるとした。さらに「独逸ではオツト・マイエルと云ふ人が、警察の自然的義務の事を唱へ、我邦に於ては故の穂積八束博士の如きも、此説を採用されたる次第なるが、私共も夙に独り実際上の必要よりしてゞなく、虚心に考慮しても、其説の適当なる事を感じて居る」と、松井茂は菊池謙二郎や和辻哲郎が批判した穂積八束の論を引用して、警察に対する服従の義務があるとしている。
 そして、松井茂は公徳と警察との関係を例示して、自治と警察について説明している。松井茂は「警察と云ふものは、人民の当然有すべき服従的義務である」として、「これは権力関係の方面より申述たる次第にて、臣民の側より警察行政の何物たるやを観察するときは、自治と云ふことが根本義である」という。つまり「人類自然の服従的の性質」は権力関係から見れば「警察」(人民の当然有すべき服従的義務)で、「人民の当然有すべき服従的義務」を臣民から見れば「自治」ということになるというのだ。
 そして「自治と警察との関係の密接なることが、最も文明時代の要求である」として、この自治と警察との関係とを公徳と違警罪(旧刑法で、拘留・科料にあたる軽い罪の総称)の関係によって説明し、「公徳が完全に行はるれば、違警罪の規定は不必要となる、此意味に於て自治の完全なる所には、警察の干渉は不必要なのである」という。つまり「公徳」(忠が源泉)を「自治」と呼んでいるのである。「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践があれば、警察(「人民の当然有すべき服従的義務」)は不要になるというのである。つまるところ、服従のあるところには強制はないのだ。
 松井茂は、「此意味に於て警察協会などが率先して、警察の何物たる事を世人に紹介して、謂ゆる国民警察の実行を期し度きものである」と、このような自治と警察の観念を国民に注入するために警察協会があるというのである。松井茂によれば「警察」は「人民の当然有すべき服従的義務」であり、「自治」とは公徳の完全な実施、つまり「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践、完全な服従なのである。松井茂が主張する「自治と警察」は、「人類自然の服従的の性質」(「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践と「人民の当然有すべき服従的義務」)を土台とした「自治と警察」の思想という意味なのである。
 さらに松井茂は、「従来我邦に於ては巡査は徒らに恐るべきものであると云ふやうな、古い思想がある故、此点は速に打破しなければならぬ、国民は喜んで巡査の職務を援助するの気風を起さねばならぬ」と主張し、「我邦に於ては余りに警察と地方民が没交渉である、自治体や小学校や青年会や在郷軍人会などの席に於て、自治と警察との関係に付之が思想を注入して置く事は、警察事務の執行上頗る必要の事である。」と、「国民警察」の実現のために自治体、小学校、青年会、在郷軍人会を利用し、「人類自然の服従的の性質」(「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践と「人民の当然有すべき服従的義務」)を土台とした「自治と警察」の思想の注入を構想した。この「自治と警察」の思想の注入を、松井茂を象徴する左側通行の習慣の形成という政策との類比でみれば、服従の習慣の形成ということになるのだ。
 このように松井茂は、一九〇五年(明治三十八)に著した「警察と助長的設備」では警察国家を否定したが、漱石の没後の一九一七年(大正六)に著した「警察行政の根本義(上)(下)」では、「人類自然の服従的の性質」(「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践と「人民の当然有すべき服従的義務」)を根拠に警察国家を肯定し、「人類自然の服従的の性質」を土台とした「自治と警察」の思想を注入し、国民警察を実現しようと構想したのである。松井茂の警察国家に対する評価は、あたかも、漱石の死によって「風刺による文学的な懲戒的効果」から解放されたかのように、漱石の生前と死後で一八〇度変わるのである。



2.「義勇警察隊」の構想 ― 個人の思想と国家の思想の一致 [第五章 成就する漱石の未来予測]

 漱石は一九一六年(大正五)一月の『点頭録』で第一次世界大戦を批評している。その中でプロシアによるドイツ統一とトライチュケについて言及して、「独乙は勝つた。独乙帝国は成立した。彼が十年の間夢に迄見た希望は遂に達せられた。『統一の星は上つた。其途を妨ぐるものは災を蒙れ』是が彼の言葉であつた。此光輝ある時期に際会しながら、猶且つ厭世哲学を説くハルトマンの如きは畢竟ずるに一種の精神病者に過ぎないと彼は断言した。其癖意志の肯定は国家として第一の義務であると主張する彼は、ハルトマンによつて復活されたる意志の哲学、即ち宇宙実在の中心点を意志の上に置く哲学によつて大いに動かされたのである。彼は実社界を至極手荒いものに考へた。仁義博愛は口に云ふべくして政治上に行ふべきものでないと信じた。斯くして彼はあらゆる人道的及び自由主義の運動に反対したのである。」と述べて、トライチュケの「意志の肯定は国家として第一の義務である」という主張と「宇宙実在の中心点を意志の上に置く哲学」とを批判した。つまり、漱石は国家による意志の肯定と意志を実体的な世界原因と考える意志一元論に由来する非人道的・反自由主義的政治を批判したのである。
 さらに漱石は「して見るとトライチケは、独乙が全欧のみならず、全世界を征服する迄、此軍国主義国家主義で押し通す積だつたかも知れない。然しながら、我々人類が悉く独乙に征服された時、我々は其報酬として独乙から果して何を給与されるのだらう。独乙もトライチケもまづ其所から説明してかゝらなければならない。」と述べ「軍国主義国家主義」を批判している。
 漱石は「軍国主義国家主義」に、国家による意志の肯定と意志を実体的な世界原因と考える意志一元論がその根幹にあると指摘しているものと思われる。漱石はトライチュケを例にして、「人道的及び自由主義の運動に反対」する「軍国主義国家主義」者に対して最後の忠告をしているかのようである。
 一方、松井茂は第一次世界大戦を契機に国民警察及国民消防を展開して行く。一九二〇年(大正九)に著した「国民と警察」(『警察協会雑誌』第二三六号、一九二〇年)で松井茂は、「今回の欧州の戦乱は国民と国民との争いなりし故に、向後に於ては各国民は各自に於て有形的に無形的に向上発展を期せねばならぬと云ふの自覚を促し来つた」と、第一次世界大戦が総力戦であったことを指摘し、「各国民は自分の国家を維持し防禦すると云ふ事に就ての根本的観念を将来大に発達させなければならぬ」と訴えた。松井茂は、総力戦に備え、国家を維持・防御するための根本的観念を発達させようと構想したのである。
 松井茂は、第一次世界大戦を分析し、「欧州戦乱の結果吾々に大なる教訓を与へたものが二つある」と、二つの教訓をあげている。第一は「共同的精神」、第二は「正義の観念」である。松井茂は、「此の共同的精神と正義の観念との二つは、其職の何たるを問はず、実に必要なる時代の一大要求である」と、すべての職業に共通の教訓であるという。つまり、「各個人が先づ以て健全なる正義の観念を養ふて共同的に立派なる国家を成し立派なる社会を形造する」というのである。そして、「共同心の涵養に就ては一個人の正義の観念が土台となつて、共同的観念の発揚する事を要求する」のであり、「真正なる理想としては、各個人の思想は国家の思想と一致すると迄に進みたい」と「共同心の涵養」の目標を示した。
 そして松井茂は「デモクラシーとは民主々義であるなどと云ふが如き愚説を吐く者は幸に近来は跡を絶ちたるが如し、我国の民主の国体でないことは三尺の童子も疑はない」として、「一君万民の国柄にして上皇室に於ては夙に民の為め国民の為めの御政を行はせらるゝのも公然の事実である、国民警察の意義も則ち是である、民の為の警察と云ふの意義である、外国の如き公僕的警察と解説せざることを要する」と主張した。松井茂のいう「正義」や「共同心の涵養」、「国民警察」とは、民主主義とは全く無関係なのである。
 さらに松井茂は、「国民的警察を徹底的に誠意を持て貫徹するには、国民教育上より少年時代から警察思想を注入し置かなければならぬ」、「警察と教育とは決して世人の想像する如き別な物ではない、寧ろ大に密接の関係があるのである、警察や消防の事は自治の著眼点の下に於て我々の警察、我々の消防であると云ふ様に致し度ものである」と、警察思想と消防思想の注入の目標を示した。
 一九二一年(大正十)に著した「社会と警察」(『警察協会雑誌』第二五三号、一九二一年)で松井茂は、「将来の警察は、社会問題を離れて警察はない」としている。そして「将来の警察は社会政策的の事業を行ふの必要がある。」と断言する。つまり「社会政策の実際効果は警察官、教育家、町村長の三者が堅く連結提携して、始めて其の実を挙得る」のであり、「国民と警察と堅く結び付く事に因つて始めて国民警察の妙諦に達するので、換言すれば警察と自治と云ふ事に帰着する」という。先に述べたように松井茂が主張する「自治と警察」は、「人類自然の服従的の性質」(「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践と「人民の当然有すべき服従的義務」)を土台とした「自治と警察」の思想という意味なのである。
 松井茂は、「地方青年団や小学児童に対して、義勇警察の精神を鼓吹し、一旦緩急ある場合、仮へば先年の米騒動の如き場合には、在郷軍人会や青年団を以て、義勇警察隊を編成して其任に膺らしめたならば、大いに国民警察の実を挙げ得るのでありて、是こそ実に神聖なる自治心の結晶であらねばならぬ。」と義勇警察の精神を鼓吹し「義勇警察隊」を編成して国民警察の成果を挙げることを構想した。
 このように松井茂は、第一次世界大戦の教訓から、総力戦に備え個人の思想と国家の思想の一致を目指し、義勇警察隊を構想したのである。このことから推理すると、漱石が批判した「人道的及び自由主義の運動に反対」する「軍国主義国家主義」者とは松井茂のことのように思えてくるのである。



3.国民皆警察と「自警会」― 社会改造と警察改造 [第五章 成就する漱石の未来予測]

 松井茂は『警察の根本問題』(松華堂、一九二四年)で「警察教育の作用としては、養護、教授、(感化、宣伝)訓練、訓示(告示、告諭)巡閲、(巡視、警邏、監察)、指導等のことは何れも皆必要のことに属する」と例示し、警察が、民衆に対し「警察の思想」を注入するべく教授することと「警察の思想」を宣伝することを同様に説明し、警察教育=宣伝と考え、国民皆警察を構想した。
 松井茂は、一九二三年(大正十二)十一月に「帝都復興の大詔を拝読して」(『警察協会雑誌』第二七九号、一九二三年)を著し、「我国警察官は其帝都に在ると否とを問はず、此時機を利用し、之を内にしては精神問題として警察官が自ら一層の修養を加へ天晴れなる警察官たるべく、非常なる緊張心を起さねばならぬと共に、之を外にしては国民に警察の思想を普及せしめ、所謂る国民皆警察なりとの観念を徹底せしむべきものである」と、関東大震災を利用し警察思想の普及を図り、「国民皆警察」の観念の徹底を主張した。
「巡査の天職」(『警察協会雑誌』第二七〇号、一九二三年)では、「我国に於ては警察の改造は実に目下の急務である。就中巡査の素質教養能率等各種の問題は、何れも皆一日も等閑に附すべからざる活問題である。特に巡査は国民多数の中心人物であつて正義を観念として行動すべき性質の者である以上は、万一巡査にしてその人を得ざる時には、これが周囲にある国民の思想や行動の上にも影響を及ぼす事の少くないのは、実に見易い道理である。」と、模傚中心としての警察官の役割の重要性を強調し、警察の改造、巡査の資質の向上を訴えた。
 また「警察観念の普及に就て」(『警察協会雑誌』第二七六号、一九二三年)では、「欧州戦乱の結果、各方面に於て社会改造問題は、或は精神上の方面に或は物質上の方面に起りつゝある」と、第一次世界大戦後の社会改造について言及し、「我邦に於ても今日は保安組合、火災予防組合、自衛組合其他種々の自警団体が盛に出来て居る、又現に到る所で其計画を立てゝ居る、而して此等の思想の基く所は世界の大勢であります」と述べ、保安組合、火災予防組合、自衛組合其他種々の自警団体等、警察の下部組織の整備が社会改造の一環として行われたと述べている。
 この当時松井茂は、「先般も国技館に於て一万四五千人の多数の人々の前に於て話した事であります」と、積極的に警察改造、社会改造を訴えるための講演を行っている。また、「警察観念の普及に就て」では「長野県は我邦に於ける文化県として有名でありますが、同県では昨年十一月民衆に対し警察思想普及宣伝の講習会を開いた」と長野県での警察観念の普及の事例を挙げている。その講習会は「町村の成年有志者が自費を以て二週間の久しき自ら講習生となつて広く警察に関する講話を聴く」というものであった。松井茂自身もこの講習会に出席し、「知事の依頼にて五時間許り国民と警察との関係に就て講話を試みた」という。
 松井茂によれば、この講習の受講者は「百三十有余人の者が修業證書を得たる程の盛況を呈し」、「此の講習を受けたる人々は其の町村に帰りたる後青年団等を中心とし、自治と警察との関係に就て尽力する事となつた」という。また長野県には「警察後援会の設けがあり、殊に警察官の住宅建築されましたのは実に喜ふべき美挙」と、松井茂は警察後援会を高く評価した。松井茂は「此の後援会は私共の関係せる警察協会の事業とも類似して居ります故、将来は益々協会とも協同して実効を奏して頂きたい」と述べ、警察後援会を奨励した。しかし松井茂は、「俗に民衆警察と云ふ辞が流行しますが、之は過りたる言葉にして、警察は先に云ふ如くに国家の警察にして民衆の有する警察権はない」と、警察観念の普及は、民衆の警察ではなく国家の警察による警察思想の普及であると念を押した。
 これらの社会教化事業による「国民皆警察」化は、松井茂が「加賀谷方学士訳『民衆と警察』を読む」(『警察協会雑誌』第三二七号、一九二七年)で、「今や普通選挙の将に行はれんとする時に当り、我邦の警察は益々速に国民の自覚により、国民皆警察の域に進行せねばならぬ」と述べているように、普通選挙に対する準備としても必要だったのである。
 松井茂の唱える「国民皆警察」の成果は、一九二八年(昭和三)の御大典の警衛活動で発揮される。松井茂は「御大典の真義と警察奉仕」(『警察協会雑誌』第三四〇号、一九二八年)で御大典における警衛活動に言及し、国民警察の実践例として「自警会」の活動を報告している。松井茂によれば「自警会は今年一月頃に出来たもので、警察署長又は有力者が会長となり京都には八個の自警会があり、郡部にも亦存在」し、「自警会は警察署中心で」「其数は警察署と同数」で、「其の幹部は六百八十人に達し、総ての有力者を網羅」していたという。
 松井茂は「自警会」の活動事例として京都市の「堀川警察署自治会」をあげている。堀川警察署自治会は「堀川警察署管内の世帯主、在郷軍人会員、青年団員を以て組織し、公徳の観念を振作し、自治・自衛心の普及を計り、隣保相助け、災害を未然に防止し、共同生活の安全を確保することを以て目的とし」、「其の目的を達する為めには、講演及各種の宣伝、災害の予防上必要なる諸種の施設を行ふ」。そしてこの「自警会」の「役員は会長・理事・評議員等を以て之に充て、評議員は各学区・公同組合・衛生組合・在郷軍人分会・青年団の役員中より互選」し、「事業遂行上、必要に応じ第一線に立つて活動する為め、連合部隊、小隊(各学区)、分隊等をも組織して」いると、自治会を中心とした自警組織について説明している。
 松井茂は「余が今回の御大典に就き最も歓喜して居るのは、民衆と警察との関係が徒らに口の上でなく、之を事実の上に現はした事である。希くは将来之を動機として余の平素熱心に唱道しつゝある国民警察及国民消防の実を挙げたいものである。」と述べた。
 このように松井茂は、関東大震災や御大典を利用して、「国民警察及国民消防」の思想を鼓吹し、「人類自然の服従的の性質」(「自然に服従しなければならぬと云ふの観念」の実践と「人民の当然有すべき服従的義務」)を土台とした「自治と警察」の思想を注入することで、国民皆警察の実現を目指したのである。



4.「国体の精華」と衣服の進化論 ―「世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる」 [第五章 成就する漱石の未来予測]

 松井茂は、一九二七年(昭和二)に著した「加賀谷方学士訳『民衆と警察』を読む」で、「国民警察の意義は、既に警察の基礎は国民の為めに存在するものなる以上は、警察官も国民も其の人間たる立場に於ては同一の平等観に立つのは当然である。又更に国民警察の上より見たる災害防止の点より云ふときは、国民も警察官も、此の方面に対しては互に平等的一致点を見る次第である。」と、災害防止の観点は警察官と国民が一致するとした。
 さらに松井は、「既に万物は平等であると同時に、差別的である以上は、国民警察の問題も其の差別的現象としては、警察と国民とは各其の立場を異にするものと云はねばならぬ。即ち国家の権力なる点より云へば、警察官にのみ其の職責があつて、国民には単に自治や公民教育の点より災害を防止するに過ぎない。」という。
 このような平等と差別との関係について松井茂は、「平等は即ち差別である故、平等其の儘の差別と云ふ事に帰着するのであつて両者は決して別々に之を分つべきものでは無い。」として、「我国体に於て、謂ゆる情に於て父子たりとは平等観念であり、又義に於て君臣たりとは差別観念である。」と説いて、「此の情義の融和点が真に我国体の精華にして、亦之に基いてこそ、始めて我国独特の国民警察をも健全に築きあげる事が出来るのである。而して之が亦偶ま以て我邦の警察をして世界に冠たらしめる所以である。」と、平等と差別、つまり情義の融和点が「国体の精華」であると位置付け、それを基礎にして国民警察が実現できると考えたのである。
 そしてこの思想を松井茂は、「平等即差別、差別即平等の大乗主義」(松井茂『教育勅語と警察精神の発揚』松華堂、一九三七年)と呼んだ。また松井茂がいう「国体の精華」における「精華とは最大優秀の意であつて、国体の精華とは我国体の最大價値を謂ふ」という。ここでは詳しく述べないが、当時ヘーゲルやニーチェの哲学を大乗的、ショーペンハウアーの哲学を小乗的とみる見方があった。
 この松井茂がいう「国体の精華」を漱石は、否定している。漱石は『吾輩は猫である』で子供が砂糖を分け合う様子(砂糖の分配)に喩えて、猫に平等について以下のように語らせている。「彼等は毎朝主人の食う麺麭の幾分に、砂糖をつけて食うのが例であるが、この日はちょうど砂糖壺が卓の上に置かれて匙さえ添えてあった。いつものように砂糖を分配してくれるものがないので、大きい方がやがて壺の中から一匙の砂糖をすくい出して自分の皿の上へあけた。すると小さいのが姉のした通り同分量の砂糖を同方法で自分の皿の上にあけた。少らく両人は睨み合っていたが、大きいのがまた匙をとって一杯をわが皿の上に加えた。小さいのもすぐ匙をとってわが分量を姉と同一にした。すると姉がまた一杯すくった。妹も負けずに一杯を附加した。姉がまた壺へ手を懸ける、妹がまた匙をとる。見ている間に一杯一杯一杯と重なって、ついには両人の皿には山盛の砂糖が堆くなって、壺の中には一匙の砂糖も余っておらんようになったとき、主人が寝ぼけ眼を擦りながら寝室を出て来てせっかくしゃくい出した砂糖を元のごとく壺の中へ入れてしまった。こんなところを見ると、人間は利己主義から割り出した公平という念は猫より優っているかも知れぬが、智慧はかえって猫より劣っているようだ。そんなに山盛にしないうちに早く甞めてしまえばいいにと思ったが、例のごとく、吾輩の言う事などは通じないのだから、気の毒ながら御櫃の上から黙って見物していた。」(第二話)と。漱石によれば、公平(平等)は「利己主義から割り出した公平という念」でしかないのである。
 差別について漱石は、衣服の進化(衣服の進化論)に喩えて以下のように猫に語らせている。「人間の歴史は肉の歴史にあらず、骨の歴史にあらず、血の歴史にあらず、単に衣服の歴史であると申したいくらいだ。だから衣服を着けない人間を見ると人間らしい感じがしない。まるで化物に邂逅したようだ。化物でも全体が申し合せて化物になれば、いわゆる化物は消えてなくなる訳だから構わんが、それでは人間自身が大に困却する事になるばかりだ。その昔し自然は人間を平等なるものに製造して世の中に抛り出した。だからどんな人間でも生れるときは必ず赤裸である。もし人間の本性が平等に安んずるものならば、よろしくこの赤裸のままで生長してしかるべきだろう。しかるに赤裸の一人が云うにはこう誰も彼も同じでは勉強する甲斐がない。骨を折った結果が見えぬ。どうかして、おれはおれだ誰が見てもおれだと云うところが目につくようにしたい。それについては何か人が見てあっと魂消る物をからだにつけて見たい。」「仮令世界何億万の人口を挙げて化物の域に引ずりおろしてこれなら平等だろう、みんなが化物だから恥ずかしい事はないと安心してもやっぱり駄目である。世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる。着物をつけて競争が出来なければ化物なりで競争をやる。赤裸は赤裸でどこまでも差別を立ててくる。この点から見ても衣服はとうてい脱ぐ事は出来ないものになっている。」(第七話)と。
 このように漱石は、平等の実現には悲観的で、「衣服を着けない人間」を「化物」と呼んで「世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる」と言っている。この喩えにならって、制服によって統一された場合(皆警察が実現された場合)を考えてみると、差異がないという点では「衣服を着けない人間」ばかりになることと同じである。このことはつまり、全員が制服を着た翌日から、差異を求めて競争することになるといえるだろう。漱石の考えでは、平等の完全な実現は不可能なのである。
 さらに漱石は、個人と個人の調和について相撲に喩えて、「自覚心があるだけ親切をするにも骨が折れる訳になる。気の毒な事さ。文明が進むに従って殺伐の気がなくなる、個人と個人の交際がおだやかになるなどと普通云うが大間違いさ。こんなに自覚心が強くって、どうしておだやかになれるものか。なるほどちょっと見るとごくしずかで無事なようだが、御互の間は非常に苦しいのさ。ちょうど相撲が土俵の真中で四つに組んで動かないようなものだろう。はたから見ると平穏至極だが当人の腹は波を打っているじゃないか」(第十一話)と述べている。
 まるで漱石が、「平等則差別、差別即平等」に見えても、それは穏やかなものではないと、松井茂の「平等即差別、差別即平等の大乗主義」を批判しているかのようである。そして、平等と差別、つまり情義の融和点が「国体の精華」であることを考えると、漱石は後に「国体の精華」と呼ばれるものを『吾輩は猫である』で批判していたことになるのである。また、砂糖の分配、衣服の進化論、相撲の喩えは、自覚心についての説明となっていることから、探偵化(「国民皆警察」化)の批判とも言える。



5.「警察の特高化」―『教育勅語と警察精神の発揚』 [第五章 成就する漱石の未来予測]

 丸山鶴吉が、『松井茂自傳』の「序」で「我国警察消防の権威者であり、社会教化事業の指導者であった松井先生」と述べているように松井茂は、社会教化事業の指導者であった。
 一九三七年(昭和十二)に松井茂は、『教育勅語と警察精神の発揚』を著し、「今や我国は端を北支事欒に發し、内外正に愈よ多事ならんとするの時、外は軍部の力に信頼し、内は警察の力に依りて益々時局の認認を高め、眞に擧国一致の実を擧げざるべからず。」と警察の力による挙国一致を訴えた。漱石が一九一六年(大正五)に『点頭録』で批判した「軍国主義国家主義」が現実のものとなったのである。
 松井茂は、「先づ警察官が深く国体の精華を味ひ、国民の第一線に立ち、国体の擁護者となることは時節柄何よりの急務なり」と主張し、「教育勅語の神髄を味はんとするには我国体の精華の何ものなるかを了解するより先なるはない」として、それには先ず「我国体の理想国家であること、德治国家であること、家庭国家であることの三點に徹底しなければならぬ」という。
 第一の理想国家とは「勅語中の『我皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠』といふ意義中に含まれてゐる。即ち宏遠とは理想と深き関係を有するものである。何となれば理想であるからこそ絶対性や無限性なる永遠性を含むからである」。第二の徳治国家とは、「即ち勅語中に『德ヲ樹ツルコト深厚』とあるのはそれである。我国が敎化立国であると稱する所以もこの點に存する」。第三の家庭国家とは「即ち勅語中に『克ク忠ニ克ク孝ニ』とあるのはそれである。玆に明かに我国の忠孝一本の国柄である所以も明示されてゐる」と説明している。
そして松井茂は「右の如く我国の特色は理想国家、徳治国家、家庭国家たる三點が国体の基礎問題である以上は、苟も日本警察官たる者は国体の擁護者として常によくこの三の根本義を了解し置くことが何よりも急務であることを忘れてはならぬ。勅語中に『億兆心ヲ一ニシ』と仰せられて居る所以も畢竟するに国民は右の三點を目標としての事に外ならない。」と主張した。
 教化立国にからめて松井茂は、「余が年来警察報国を以て聊か国家の為めに微力を致し来りつゝあり乍ら、又一面に於て財團法人中央敎化團体聯合会の為めに力を致し来つて居る所以も、畢竟警察報国の趣旨も敎化立国と至大の関係があるのみならず、謂ゆる国民警察と云ふのもその内容は社会敎化の範囲を出でない」と、国民警察が社会教化であり、教化立国の実践であったことを明らかにした。
 松井茂は、「軍人や司法官は正義の維持者として、国政上最も必要なるものには相違ないが、軍人は戰時にその光輝を放ち、又司法官の職責は或る特定人に對しての事である」とし、これに対して、「警察官は日常生活上平時に於て常に一億萬の一般国民の為めに奉仕してゐること故、その官職の性質上、国体の擁護者たるの點に於ては、軍人や司法官よりもその普及すべき範圍が廣いのである。」と、教化立国における警察官の模傚中心としての役割の重要性を強調した。
 松井茂は、「警察官はよく国体の擁護者として大いに活動を重ねたるものである、随つて又国民も亦之に對しては大に敬意を表して居る」と、これまでの活動を評価し、「日本警察官に對し、特に今日の時局に鑑み、国体観念の明微の上に於て日本精神の最も重要なる保持者として国体擁護の陣頭に立たねばならぬ」、「殊に国体の破壊者とも稱すべき共産黨の取締は特高警察上最も重要なる任務である」と述べた。
そして松井茂は、「之は獨り特高警察に從事する者のみでなく、廣く苟くも日本警察官たる以上はその職責の何たるを問はず、国体を破壊せんとするが如き者に對しては最も強を警察権を行使すべきは餘りに當然過ぎる問題で―中略―多年我国の警察界に於て、一般警察官に對し警察の特高化といふ事が強調されてゐるのも、決して偶然ではない」と、一般警察官の特高警察化を推進した理由を明らかにした。模傚中心である一般警察官の特高警察化は、国民の特高警察化の試みにほかならない。
 さらに松井茂は、第六十九回帝国議会において「文部大臣に對し、敎育勅語中の国体の精華といふ事に對してはもつと簡単に国民に分りやすく了解の出来る様盡力せられたいと希望し、且つそれには殊に一君萬民の基礎問題たる『克く忠克く孝』の情義竝び至れる我国体の大義名分の根本問題をもつと通俗的に社会敎育上より国民一般に普及徹底せしめたい」と述べた。なぜなら、「教育勅語の御趣旨は如何に種々の方面に亙りて居るとするもその結論に於ては、結局忠孝一本と云ふ事に歸着する」もので、それは「情に於て父子、義に於て君臣たりといふ事とも一致」し、「一君萬民といふ事ともなり得る」という。そして、「幸に一たびこの點がよく国民に普及徹底し得る事となれば、我国の将来は実に萬々歳である。」と松井茂は考えたのであった。
 一九三七年(昭和十二)「国民精神総動員運動に関する件」によって、警察官は、日本精神確立の為の師表(手本)とされると、松井茂は、一般国民へ国民精神を注入するために、一九三八年(昭和十三)二月に「国民精神総動員の意義」をレコード四面に吹込み、同(昭和十三)年十一月十三日には、国民精神作興週間の最終日午前7時30分からラジオの全国放送で「東亜の安定と国民精神」と題して修養講座を行った。
法学博士、貴族院議員、中央教化団体連合会の常任理事等の多くの肩書きを持つ松井茂は、自ら進んで国民精神作興の最も影響力のある模傚中心(社会教化事業の指導者)となることを目指した。なぜなら、松井茂の理論に従えば、国民精神総動員も警察官を模傚中心とした国民皆警察化(社会教化事業)なのである。



6.「警防団は独逸ナチスの親衛隊以上に」―「警防団」から「国民義勇隊」へ [第五章 成就する漱石の未来予測]

 ヒットラー率いるナチスがドイツを支配すると、松井茂は講演や論稿でヒットラーの施策を紹介し、絶賛しはじめる。
 松井茂は、一九三六年(昭和十一)に著した『“都市教化の諸問題”我国体と地方自治』(中央教化団体連合会、一九三六年)の「序」で、「我国体と地方自治と題して意見を申述べたいと思ひます。地方自治に国体觀念を注入することは最も急務であつて、国体を離れて地方自治は存在しない」と断言した。そして、「然るに一時我国では、自治團体であるとか、帝国議会とか云ふものは別に獨立超越せる国家の機関であるかの如き誤解が一部の間にはないでもなかつた」と、それまでの地方自治の施策を否定し、「此の點は特に今日の如き国体明徴の聲の盛の時に於ては徹底的に明にして置くの必要があります。」と、『“都市教化の諸問題”我国体と地方自治』を著した理由を明らかにした。
 松井茂は、「ヒツトラーは非常時に際し、等制法を發布したのであります。是れは詰り全国民主義を主張せるものにて、即ち各聯邦を打つて一丸としたものであります。此の法律は千九百三十三年の三月三十一日に發布されたものである。即ちヒツトラー總統の命令を以て、思ふ存分に自治の事をも行ふのであつて、之も独逸としては大英断と云ふの外はないのであります。」と、ヒットラーの自治に対する施策を絶賛した。
 さらに松井茂は、ヒットラーは「黨国統一法」という「ヒツトラーの黨派以外には、共産黨でも其の他何れの黨派も之が存在を許さないと云ふの法律」によって、「政黨と国家とを一緒に合致せしめ」、「政黨は唯一つしかない事となつた」と紹介し、「独逸は一時自治体までも大に政黨化し、甚しきは青年團、少年團にも其の悪弊が及びたる故、中央政府が断乎たる監督を自治体に對して行ふに至りたる事も當然の結路」と評価し、「我国に於ても此の點は他山の石として大に考慮すべき問題」で、「都市の監督問題の重要なる事と、都市制度の再險討が我国状に於ても必要」であると主張した。
 一九三七年(昭和十二)に著した『教育勅語と警察精神の発揚』でも松井茂は、「ヒツトラーは全国民の総意に基き、新内閣を組織し断然共産党を排除し、イデオロギーよりも寧ろ行動といふことが何よりも急務であると絶叫し来り着々国家改善の実効に着手しつつあるので、今日の独逸は駸々乎として国民精神の振興が期せられつゝある」と、ヒットラーの施策を絶賛し、「例へば教育上に於ても下は小学校より上は大学に至る迄徹底的にナチスの国家観念を基礎とし、殊に少年団の活動は大に見るべきものがある。特に最も熱心に之が指導者の養成に力を致し、地方的及中央的施設を行ひ、三ヶ年の期間を以て少年指導者養成の専門学校さへ設けられて居る」と、少年団(ヒトラーユーゲント)の事例をあげて、ナチスの教化事業を高く評価した。
 松井茂は刑事政策についても、「ナチス政府は一九三三年刑法の全般的改正を企て、順調に進行しつゝある様であるが、畢竟從来の誤れる個人主義的法治国家の弊に鑑み新刑法の各論を国民力の保護、国民秩序の保護、国民各個人の保護、正しき經済生活の保護等、主として全国民的国家主義に着眼しつつあるの状況は、我国としても立法上參考に値するものがある」と高く評価し、ヒットラーの警察政策についても参考にすべきであると強調した。松井茂は、「ヒツトラーもその著書(Mein Kampf)中に」と『我が闘争』を引用しつつ、ヒットラーの施策を絶賛した。
 そればかりか松井茂は、一九四〇年(昭和十五)に著した「紀元二千六百年の祝典に参列して」(『警察協会雑誌』第四八七号、一九四〇年)では、「ヒツトラー独逸総統は昭和十五年皇紀二千六百年の駐独日本大使館の祝賀午餐会に臨み『日本は未だ曾て他の国より侵略されたる事なく、国民性は昔から純潔性を継続し来り、殊に其の武士道精神は必らず克く東亞の新秩序の大使命をも遂行し得べし』と声明して居る様であるが、此等の点より云ふも、国民の第一線に立つところの日本警察官たるの使命は、実に重且大なりと称すべきである。」と、ヒットラーの言葉を引用し警察官の士気を鼓舞するのであった。
 さらに翌一九四一年(昭和十六)の「昭和十六年の新春を迎へて警察官の覚悟を望む」(『警察協会雑誌』第四八八号、一九四一年)では、「独逸の警察及消防は夙に世界に卓越し、殊に警察教育の如きは流石に独逸丈けあつて多大の力を注いで居ることは健羨の情に堪へざるものがある。更にヒツトラー氏が総統に就任以来、警察の組織は非常に強化され、殊に特高警察のゲスタツポ(Geheimnisspolizei)の方面では総統とゲーリング内務大臣とヒムラー警察長官が三位一体となり、特に防諜問題の如きは前欧州戦争の失敗の跡に鑑み、非常に具体化し来りたることは、今回の欧州戦争の実績に徴しても明らかに想像し得る次第である。」と、ナチスの警察教育を絶賛し、ゲシュタポを高く評価した。
 そして、松井茂は「余の警察生活五十年の回顧(三)」(『警察協会雑誌』五一四号、一九四三年)では、ヒットラー率いるナチスドイツの施策を絶賛するだけではなく、「警防団は独逸ナチスの親衛隊以上に我国は我国として国情に即して之を育成強化したいものである。」と、決意を述べている。松井茂は、警防団をナチスの親衛隊と同様に考え、その組織化を図ったのである。
 この警防団とは松井茂が貴族院で末次内務大臣に対して質問し、防空上の問題から消防組と防護団を一元化すべきとの意見が入れられ、一九三九年(昭和十四)四月に消防組と防護団との改組統合により警防団となったものである。警防団とは、大日本警防協会の構成団体であり、大日本警防協会は一九二七年(昭和二)七月大日本消防協会として創立し、一九二九年(昭和四)九月財団法人となり、一九三四年(昭和九)には梨本宮を総裁とし、一九三九年(昭和十四)四月の改組統合による警防団の誕生とともに大日本警防協会と改称したものである。改組と同時に松井茂は大日本警防協会の副会長を務めた。
 一九四三年(昭和十八)十一月には、新たに防空総本部が設置される。防空総本部は、総務局・警防局・施設局・業務局の四局からなり、内務大臣が長官、次官が次長、警保局長が警防局長、国土局長が施設局長を兼ねた。松井茂の国民皆警察の構想は、着々と実現していくことになる。
 一九四四年(昭和十九)四月には、警視庁、北海道京都大阪神奈川、兵庫、長崎、埼玉、千葉、愛知、広島、山口、福岡に警備隊が設置され、警察力が強化される。警備隊長は、警察部長に直属する警務官があてられ、隊長および大隊長が、監察官を兼務した。戦況が悪化し国民が疲弊していくのとは裏腹に、模傚中心の警察は強化されていった。
 そしていよいよ、一九四五年(昭和二十)三月に「国民義勇隊に関する件」(「閣議諒解事項 警防団ハ国民義勇隊ノ組織ニ一体化スルコトヲ目途トシ一面警防ニ聊モ間隙支障ナカラシムルコトヲ確保シツヽ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス」とある)が閣議決定されると、職域、地域ごとに国民義勇隊が組織された。職域は、官公署、会社、工場、事業場、地域は、町内会・部落会を小隊、隣保を班とした。そして「地域義勇隊が戦闘隊に転移したとき警察も戦闘隊編成をとり、いわば国民義勇軍の憲兵となるはずであった」(兵庫県警察史編さん委員会編『兵庫県警察史 昭和編』兵庫県警察本部、一九七五年)。
 松井茂が一九二一年(大正十)に「社会と警察」(『警察協会雑誌』第二五三号、一九二一年)で思い描いた「在郷軍人会や青年団」を用いて「義勇警察隊」を編成する構想は、「国民義勇隊」として実現した。漱石が『吾輩は猫である』で未来予測した通り、日本は国民皆警察化したのである。恐ろしいことに、この国民皆警察化が松井茂の構想どおりに実施されていたとすれば、国民皆警察化とは、特高警察化された一般警察官を模傚中心とした国民の皆特高警察化なのである。



7.「大和魂はそれ天狗の類か」―「公徳」「警察精神」という暗示 [第五章 成就する漱石の未来予測]

 一九二六年(大正十五年)、松井茂が「我が警察界の恩人 法学博士穂積陳重先生」(『警察協会雑誌』)で「先生の著書として世に公にせられたる五人組制度の如き、法律進化論の如き、何れも皆警察に關する材料に富めるものにして、其の末永く斯界に對し、多大の貢献を與へつつあるのは、今更云ふ迄もない」と述べているように、松井茂は穂積陳重の『法律進化論』や『五人組制度論』の研究成果を応用し、国民皆警察という社会教化事業を推進したのであった。
 一九二七年(昭和二)、松井茂は、堀内文吉が著した『警察心理学』(至文堂、一九二七年)に「序」を寄せて、穂積陳重の「模傚性と予防警察に就て」の功績をたたえつつ、松井茂自身が「公徳教育」「広義の警察教育」「国民警察」「国民皆警察」などと呼んで取り組んだ社会教化事業の理論に言及している。
 松井茂は、「本能中警察の最も関係の深いものは、模倣本能であって、タルドは夙にこの事を唱道し、我邦においても、穂積陳重博士は、二十数年前、特に我邦の警察官に對し、詳細なる意見を発表された。」と述べている。これは先に述べた穂積陳重「模傚性と予防警察に就て」を指していると思われる。そして松井茂は、「國民警察とは、其の根本義としては、國民教化の問題と云ふことに歸する」と「国民警察」とは国民教化の問題であると断言したのである。このことは、松井茂が熱心に取り組んだ「公徳教育」(広義の警察教育)や「国民皆警察」が国民教化事業であったことを示している。
 さらに、松井茂は「思考問題」と「国民的意志の確立」の必要性について言及し、「思考問題としては、―中略―個人思想としても、又社会思想としても、一として警察問題に関係せざるものはない。尚、世論とは何ぞやの問題の如きも時節柄国民警察の方面よりも、特に見逃すべからざる緊要事項である。」とし、「自由尊重の現代に於いて、意志の何物たることは、道徳の上でも、法律の上でも、極めて緊要の問題である。而して謂ゆる意志とは一定の目的の為に發動する意識作用であって、今日の如き思想問題の混乱せる時代にありては、殊に十分に國民的意志を確立すべく努めることが必要である」と、「国民的意志を確立」すべきとした。この「国民的意志」とは、社会教化事業によってつくられる「世論」のことにほかならない。そのことは松井茂の暗示に対する考えに良くあらわれている。
 暗示について松井茂は、「現世紀に於て、社會の環境が直接一般民に多大の影響を及ぼすもの故殊に暗示の研究が必要となり來つたのである。現に風俗警察上、活動寫眞は勿論、其の他犯罪が環境の支配を受くるの結果は、社會人は暗示に依りて多大の影響を受けつつある」と述べ、「政党の首領や、先覚者なども、古來盛に暗示の言語を使用して居る。又暗示には簡潔の言葉が必要にして、情意投合とか、肝膽相照すとか、以心伝心とか、警察の民衆化とか、何れも皆其の一例である」と述べている。松井茂は「警察の民衆化」というスローガンも暗示として使用していたことを吐露している。松井茂は暗示によって世論操作を試みたのである。
 このことは、松井茂が講演や著書の中で使用した「公徳」「国民警察」「国民皆警察」「共同的精神」「正義の観念」「陛下の警察官」「警察精神」「国体の精華」「日本精神」「国民的意志」「平等即差別、差別即平等の大乗主義」等々の多くの言葉を、暗示として使用していたことを物語っている。そしてこのことは、松井茂が、穂積陳重の研究成果とタルドの「模倣の法則」を応用し、模傚(模倣)と暗示によって「國民的意志を確立すべく」、国民教化事業を試みたことを示しているのである。このような松井茂の政策は、漱石が『点登録』で批判した国家による意志の肯定を目指した施策といえるだろう。
 漱石は『吾輩は猫である』(第六話)に「大和魂!」(苦沙弥先生の手製の名文)という文章を書いている。「大和魂! と叫んで日本人が肺病やみのような咳をした」「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の芝居をする」「東郷大将が大和魂を有っている。肴屋の銀さんも大和魂を有っている。詐偽師、山師、人殺しも大和魂を有っている」「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふらふらしている」「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」というものだ。
 この文中に「大和魂! と掏摸が云う。」とあるが、「掏摸」(スリ)とは警察官のことである。漱石は『吾輩は猫である』で「探偵と云う奴はスリ、泥棒、強盗の一族」「刑事巡査を神のごとく敬い、また今日は探偵をスリ泥棒に比し、まるで矛盾の変怪だ」と書き、『草枕』でも「掏摸の親分たる探偵」と書いている。漱石は「掏摸」という語を「探偵」の比喩として使っているのである。そして「探偵」は「警察官」の比喩であるから、けっきょく、「掏摸」は「警察官」のことを指していることになる。
 この「大和魂!」という文章も、警察官を模傚中心とした松井茂の教化事業を暗示しているということになるのである。そしてこの名文「大和魂!」に出てくる「大和魂」は、松井茂の理論では「警察の民衆化」や「警察精神」といったスローガンと同じく暗示ということになるのだ。まるで漱石が「大和魂!」で、模傚(模倣)と暗示を駆使した松井茂の「国民皆警察」という社会教化事業を批判しているかのようである。
 ここで一つの推理がはたらく、漱石は、松井茂の社会教化事業の理論を知っていて、苦沙弥先生の名文「大和魂!」を書いたのではないかと。もしそうだとすれば、漱石は志士スウィフトのような諷刺で、英雄ショーペンハウアーと同様に、「道徳性教育教化機関」を「維新の志士の如き烈しい精神で」批判していたといっても良いのではないだろうか。

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