So-net無料ブログ作成
検索選択

[再掲]東⽇本⼤震災の被災地⽀援で宮城県警に特別出向していた大阪府警阿倍野署地域課の巡査⻑が、女性を殺害。 [博士が的中させた未来予測(ジョーク)]

以前このブログで、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた

福島第1原発周辺での行方不明者捜索や犠牲者の検視、遺体搬送に当たる警察官の特殊勤務手当について [蘇る博士]」

という記事を引用した。

関連個所を書きだすと、以下の通りだ。

おまわりさん(警察官=150)の給与が普通の公務員より1割高いのは、「行方不明者捜索や犠牲者の検視、遺体搬送」も勤務に含まれているからである。

本来は、特殊勤務手当を付けるのではなく、昇進試験の際の考慮事項の一つにする程度で良いはずだが、

たいがい、危ないところへ行かされるのは、壊れかかったおまわりさん(警察官=150)・縁故のないおまわりさん(警察官=150)で細かいことを言うおまわりさん(警察官=150)(本社評価:お金だけやっといたらいいヤツラ)が優先的に危険な業務に充てられる。

これらのおまわりさん(警察官=150)は、本社のヒトが、安もんの課長とさげすむ署の課長にすらなる見込みのないヒトビトだから、昇進試験の際考慮するといったぐらいでは、インセンティブを与えることができない。

おまわりさん(警察官=150)との結婚を考えているヒトは、福島派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫(将来警察官の階級の上位まで登れると言った程度の意味)だと思って間違いないだろう。

以上書き出した個所の中で、

「たいがい、危ないところへ行かされるのは、壊れかかったおまわりさん(警察官=150)・縁故のないおまわりさん(警察官=150)で細かいことを言うおまわりさん(警察官=150)(本社評価:お金だけやっといたらいいヤツラ)が優先的に危険な業務に充てられる。」

という個所と最後の

「おまわりさん(警察官=150)との結婚を考えているヒトは、福島派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫(将来警察官の階級の上位まで登れると言った程度の意味)だと思って間違いないだろう。」

という個所にご注目いただきたい。

この二か所を記憶にとどめて、

2015年1月25日の『産経新聞』のニュースサイトにある

「交際⼥性『(巡査⻑の)妻や警察に⾔う』→『カッとなった』逮捕の巡査⻑」という記事を読んでいただきたい。

「⼤阪市東住吉区のマンションで住⼈の医療事務員、●●●さん(23)の⾸を絞めて殺したとして、⼤阪府警に逮捕された府警阿倍野署地域課の巡査⻑」の話が載っている記事だ。

警察官にはありがちな事件で、特に珍しいものではない。

この特に珍しくもない事件の記事でどこを読んでほしいかというと、

「府警によると、●●容疑者は、東⽇本⼤震災の被災地⽀援で宮城県警に特別出向していた平成25年5⽉、同県内の⼤学に通っていた⽩⽥さんと知り合い、まもなく交際を始めた。しかし、昨年4⽉に⼤阪府警に帰任し、同8⽉、妻(26)と結婚していた。」

という個所の「東⽇本⼤震災の被災地⽀援で宮城県警に特別出向していた」という部分だ。

殺人容疑で逮捕された大阪府警阿倍野署地域課の巡査⻑は、「東⽇本⼤震災の被災地⽀援で宮城県警に特別出向していた」おまわりさん(警察官)だったのである。

ここで、先に引用した以前このブログで書いた言葉を思い出していただきたい。

「たいがい、危ないところへ行かされるのは、壊れかかったおまわりさん(警察官=150)・縁故のないおまわりさん(警察官=150)で細かいことを言うおまわりさん(警察官=150)(本社評価:お金だけやっといたらいいヤツラ)が優先的に危険な業務に充てられる。」

「おまわりさん(警察官=150)との結婚を考えているヒトは、福島派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫(将来警察官の階級の上位まで登れると言った程度の意味)だと思って間違いないだろう。」

「たいがい、危ないところへ行かされるのは、壊れかかったおまわりさん(警察官=150)」

「おまわりさん(警察官=150)との結婚を考えているヒトは、福島派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫(将来警察官の階級の上位まで登れると言った程度の意味)」

「福島派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫」の「福島派遣」という部分が、危ないところの代表的な事例と考えれば、「危ないところ」への「派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫」という意味であることは容易に理解できる。

博士はブログの同記事で、「※警察や地方公務員等の被災地派遣がマスコミで何か心温まる良いことのように報道されるが、あれは、普段より多くの御手当てを貰っているヒトだ。ボランティアで行っているのではないということを、忘れて、感謝したりすると後でがっかりすることになるだろう。」とも述べており、

「福島派遣」を「被災地派遣」の象徴的な事例として、述べていると考えて間違いないだろう。

そう考えると、博士の予測は、またしても的中していたことになる。

つまり、この事件を起こしたおまわりさん(警察官)は、

1回派遣されているので、壊れたおまわりさん(警察官)の可能性が大と予測できたということだ。

「東⽇本⼤震災の被災地⽀援で宮城県警に特別出向していた」おまわりさん(警察官)
=被災地派遣のおまわりさん(警察官)
≒「福島派遣」のおまわりさん(警察官)
⇒「おまわりさん(警察官=150)との結婚を考えているヒトは、福島派遣回数が0に近い方が、良いウジ虫(将来警察官の階級の上位まで登れると言った程度の意味)」

今回の事件を起こしたおまわりさん(警察官)は、1回派遣されているので、壊れたおまわりさん(警察官)の可能性が大であると事前にわかっていたことになる。

なので、このおまわりさん(警察官)とは、結婚しない方が正解だった。

と言えるだろう。

なんとも恐ろしい話だ。

誤解がないように言っておくが、私が、恐ろしいと言っているのは、博士の予知能力に近い予測を恐れているのではない。

「たいがい、危ないところへ行かされるのは、壊れかかったおまわりさん(警察官=150)」という、

バレバレの警察の人事管理が、恐ろしいと言っているのである。

※記事には、殺害場所となったマンションの写真がついている。いつもながら、人殺しの警察官の顔写真は事件直後に公開されない。「ウサギ汁事件」のころは、制帽被った制服姿の警察官の顔写真が事件直後の新聞記事に掲載されていたが、現在は通信環境が革命的に良くなったはずなのに、事件直後に警察官の顔写真が公開されることはほとんどない。警察では入庁章などに使用する顔写真を撮っているので、事件直後に入手できる写真は、制服姿の写真のはずなのだが・・・。ストーカー殺人の警視庁の警察官の公開された顔写真は釣りに行った時の写真だった。日本の新聞社全てが、警察の宣伝機関化していると考えて間違いないだろう。





[再掲]兵庫県警察本部警備部長の手記が物語る阪神淡路大震災被害拡大の真相?? 以下の文章は、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた記事である。 [蘇る博士]

以下の文章は、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた記事である。

兵庫県警察本部警備部長の手記が物語る阪神淡路大震災被害拡大の真相。 [阪神淡路大震災(警察は犯罪組織)]

兵庫県警察本部編『激震~使命感に燃えて~〔阪神・淡路大震災体験手記〕』(兵庫県警察本部、1996年)の兵庫県警察本部警備部長石野氏の手記によると、1995年1月17日、石野氏は、神戸市西区の自宅から、ポートアイランドの港島庁舎を経由して、生田庁舎へ出勤したことがわかる。

石野氏は、先ず、大規模災害等が発生した際に警備本部を設置することになっている総合指揮室に向かった。

石野氏の手記からは、ポートアイランドにある港島庁舎の災害警備本部は、大規模災害に備えたもので、震災前から設置が予定されていたことがわかる。

石野氏は以下のような手記を書いている。

「大規模災害等が発生した場合警備本部を設置することになっている、ポートアイランドの総合指揮室に向かった。六甲トンネルを抜けるまでの間は擦れ違う車もほとんどなく、周辺の異常も格別認められなかった。六甲トンネルを抜け、―中略―また、市街地は異様に静かで、サイレンの 音一つも聞こえなかった。道路上に低く垂れ下がっている電線や道路の亀裂を避けながら、ポートアイランドに渡る神戸大橋のたもとにたどり着いたところ、そ こには既に、神戸水上署員が配置に就き、橋がズレ手織り、車では渡れないとの説明であり、仕方なく神戸水上署の警備艇を出してもらってポートアイランドに 向かうこととした。神戸水上署では、車庫の屋根が落ち、数台の車が押しつぶされており、―中略―ポートアイランドの岸壁もそのほとんどが大きく破壊され、また海側に倒れ、ガントリークレーンが倒れていたり、なかなか警備艇を着ける適当な所がなかった。」

そして石野氏は、何とかポートアイランドに上陸した警備部長は、(液状化による)泥水に膝下まで浸りながら、(液状化現象で)泥水に浸った港島庁舎の総合指揮室へとたどり着くのだが、ポートアイランドへの唯一の交通アクセスで ある神戸大橋が通行できないこと、港島庁舎一階が液状化現象で当分使えそうにないこと、などを理由に港島庁舎に災害警備本部を設置することを断念した。

また、石野氏は「災害警備本部を設置することとなった生田庁舎へ向かう途中では、倒壊した民家の瓦礫の下からは助けを求める声がし、家人らしい人たちが私や 一緒にいた職員にすがりつくようにして助けを求めてきたが、私は『自分は警備部長である。一刻も早く生田庁舎に災害警備本部を設置し、このとてつもない大 災害の救助活動等の指揮をしなければならない立場にある』と言い聞かせ、それらの現場は、他の職員に任せ、生田庁舎へと急いだ。」 というのである。

この文章は、あたかも地震発生後速やかに災害警備本部が設けられたかのように、あの朝の行動が述べられている。

だが、ここには大きな問題―なぜ、この著者が災害警備本部を設置するためにポートアイランドへ行かなければならなかったか―が明らかにされていない。

震災の当時兵庫県警察は、警察本部の庁舎建て替えのために本部機能を神戸市内の6カ所に分散させていた。

そして、文中に出てくるポートアイランドにある港 島庁舎には、警備部や装備課などが設置されていた。

そのため、大規模災害の災害警備本部は警備部の総合指揮室に設けられることになっていた。

大規模災害を考慮して大規模災害の災害警備本部の総合指揮室の設置場所が決定されていたと仮定すれば、この事実からは、震災前、兵庫県警察では、ポートア イランドを警備上重要な拠点と評価し、ポートアイランドが大規模災害の災害警備本部の総合指揮室の設置場所として、兵庫県下で最も適しているという判断を下していたということができる。


兵庫県警察は、このポートアイランドにおける警備活動について入念な調査を行っている。

そのことは、『ポートピア‘81警察活動記録』(兵庫県警察本部、1981年)という書籍にまとめられている。

『ポートピア‘81警察活動記録は、 1981年にポートピア博覧会が開催された際の警備活動をまとめたものである。

兵庫県警察は、この書籍のなかで災害警備上極めて重要な示唆に富んだ指摘を 行っている。

『ポートピア‘81警察活動記録』によれば、「博覧会の開催地ポートアイランドが、神戸大橋一本で陸地と結ばれる立地条件の悪さから」 と、ポートアイランドの立地の悪さを指摘していたのである。

そして、兵庫県警察は、その立地の悪さを理由として、1981年(昭和五六)1月20日神戸大橋における大事故想定演習を神戸大橋で実施し、兵庫県警察本部は、交通アクセス上問題のあるポートアイランドでの警備活動に万全を期したのであった。

兵庫県警察は、神戸港に浮かぶ人工島(ポートアイランド)ができた当初から、この人工島には交通アクセス上問題があるということを指摘していたのであった。

さらに、兵庫県警では、神戸水上署「裏の岸壁からポートアイランド北公園までの二キロメートルを海上輸送する一方、自転車と徒歩での現場(神戸博覧会場) 集合テストを併行して実施した。乗船定員の僅かな警備艇の輸送能力は、五隻の二往復で四三名、これに自転車組も含めて三〇分以内に二個小隊を現地へ送ることが可能とわかり、警備対策上貴重なデータを得た。」 のであった。

この警備訓練が行われたポートピア博覧会会場の位置が、大規模災害の災害警備本部の総合指揮室の設置場所である兵庫県警察本部の仮設建物の仮庁舎港島庁舎の位置とほぼ同位置だったのである。

このことから、兵庫県警察が、ポートピア博覧会の警備という過去の経験を活かしていれば、普段でも交通アクセス上問題のあるポートアイランドに兵庫県警察 の本部機能の一部を置くことはできないという判断がされていたはずであり、少なくとも、大規模災害時の災害警備本部は、ポートアイランド以外の場所に設けることにしたと考えられる。

このような判断がなされなかったことから、ポートピア博覧会における警備活動が、士気高揚(警察組織内部世論形成)のための内 部広報(広告)の役割しか果たしていなかったと考えられる。

もし仮に、兵庫県警がポートピア博覧会における警備活動を教訓として、災害警備本部を生田庁舎に設置することとしていたならば、1995年の阪神淡路大震災の際の災害警備本部を、少なくとも1時間くらい早く設けることが可能であったと思われる。

1時間というのは、

兵庫県警察本部編『激震~使命感に燃えて~〔阪神・淡路大震災体験手記〕』(兵庫県警察本部、1996年)の兵庫県警察本部警備部長石 野氏の手記と、『ポートピア‘81警察活動記録』(兵庫県警察本部、1981年)を参考とし、

水上署からポートアイランド間を船で往復15分、

ポートアイ ランド内の移動に15分、

港島庁舎内での行動を10分、

水上署から生田庁舎まで15分、

水上署へ行かずに生田庁舎へ直接行った場合の時間の差を5分と考えると、

約1時間となるということである。

1時間くらい早く災害警備本部が設けられたからといって、人命救助には関係があったとは断言できないし、法律上問題があるわけでもない。

阪神淡路大震災とその後の危機管理論の隆盛は、後世の歴史家に、ポリス・リテラシーを欠いた警察への妄信が生んだ悲劇と呼ばれることであろう。


(「震度7は、想定内。兵庫警察署の耐震性への疑問。」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-13もご参照ください)
(「地震学上の重要問題を忘れていた兵庫県警 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-11もご参照ください)
(「生きていたポートアイランドの総合指揮室 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-10もご参照ください)
(「災害警備活動の擬似イベント化」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-9もご参照ください)
(「サムライ精神 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-21-11もご参照ください)
(「警察カルトの危機管理 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-24もご参照ください)
(「神戸市民と警察」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-17-1もご参照ください)
(「神戸事件―テロリストの作り方http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-09-12-1もご参照ください)
(「カルト(cult)化する司法 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-27もご参照ください)(「脱法ドラッグ(警察カルトという麻薬)」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-23-2もご参照ください)
(「鍛えられた心」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-7もご参照ください)
(「あべこべの社会 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-6もご参照ください)
(「兵庫県民見殺しのシンボル?110番の墓標?兵庫県警察本部庁舎... 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2007-01-02-1もご参照ください)






2007-04-30 00:48 nice!(0) コメント(0) トラックバック(0)
共通テーマ:日記・雑感



[再掲]「石原氏『神戸の震災は首長の判断遅く2千人余計に死亡』」?南京虐殺の被害者人数を争うような議論。大丈夫かこんな人たちに首長を任して・・・ [蘇る博士]

以下の文章は、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた記事である。


2007-09-14 00:12 nice!(0) コメント(0) トラックバック(0)
共通テーマ:日記・雑感

「石原氏『神戸の震災は首長の判断遅く2千人余計に死亡』」?南京虐殺の被害者人数を争うような議論。大丈夫かこんな人たちに首長を任して・・・ [阪神淡路大震災(警察は犯罪組織)]

朝日新聞(2007.04.09)に「石原氏『神戸の震災は首長の判断遅く2千人余計に死亡』」という記事があった。

○問題となった石原氏の発言
「石原氏は8日夜の会見で防災対策に触れ、『神戸の地震の時なんかは、(自衛隊の派遣を要請する)首長の判断が遅かったから、2千人余計に亡くなったわけですよね』と発言した。」

この石原氏の発言に対して、現兵庫県知事の井戸敏三氏、震災時の兵庫県知事、貝原俊民氏(73)らが反論している。

○現兵庫県知事の井戸敏三氏は
「九日の定例会見で『自衛隊の派遣要請を早くすることと、犠牲者数は脈絡がない』と反論した。」
「井戸知事は、震災犠牲者の八割以上が圧死だったことを引き合いに出し、『不意打ちで震度7の地震に襲われ、犠牲者の大半が圧死した。(犠牲者の数と)自衛隊の派遣要請は直接関係ない』と反論した。」
「井戸知事は『失礼ですよ』と語気を強めるなど、『石原発言』に怒り心頭。」
ということである。

○震災時の兵庫県知事、貝原俊民氏(73)は
「『石原さんの誤解。たしかに危機管理面で反省はあるが、要請が遅れたから死者が増えたのではない。犠牲者の8割以上が、発生直後に圧死していた』と反論。『大災害が起きた場合、公的機関による救済には限界がある。」

石原氏:「首長の判断が遅かったから、2千人余計に亡くなった」(ここでの首長とは貝原氏である)という2000人の数が問題となっているのである。

石原氏の主張⇒首長の判断ミスで2000人余計に死んだ。

貝原氏:「犠牲者の8割以上が、発生直後に圧死していた」

井戸氏:「震災犠牲者の八割以上が圧死だったことを引き合いに出し、『不意打ちで震度7の地震に襲われ、犠牲者の大半が圧死した。(犠牲者の数と)自衛隊の派遣要請は直接関係ない』」

貝原氏・井戸氏の主張⇒「8割以上が、発生直後に圧死」、つまり2000人×2割=400人が圧死以外の死亡(「危機管理面で反省」「公的機関による救済には限界」)である。

2000人というのは、多すぎる、失礼だ!

ようするに、

石原氏の2000人というのは多すぎる。400人は首長の判断ミスではなく公的機関による救済の限界であった。

ということである。

さて、どこかで聞いた話である。

南京虐殺の犠牲者が30万人か、3千人かとかいった数(量)の議論だ。

そして、軍隊が統制できたかどうか、指揮が徹底していなかったから公的な犯罪行為でなく私的な犯罪行為である。

明石市民夏祭り花火大会での事故の過失責任が明石署長他の幹部に及ばないというのにも何処となく似ている。

国家犯罪や国家が原因となって引き起こされる事件の重大な結果に対する危機管理(国益の被害局限化)のための言説である。

量的な被害の局限化、質的な被害局限化が行われるのである。

そして、既に過ぎ去った出来事は時間・空間的にはもうその現実は存在しないことから、研究と呼ばれる手続きによって概念が操作され、関係者の記憶や証拠も書き換えられていくのである。

このようなコミュニケーションの取り方は、己の責任を全て被害者の責任にするというモラルハラスメントの加害者のコミュニケーションの取り方と酷似している。

被害者にとっては、30万人が3千人であれ、2000人が400人(たとえ一人)であれ、被害を受けたという事実に変りはない。

公的か私的かということは、結局、首長と当時の行政機関の関係者の責任逃れのための言葉でしかない。

大丈夫だろうか?こんな人たちに首長を任して・・・

ここで、注意しておきたいことがある。

石原慎太郎氏が佐々淳行氏と親友(?)であり、佐々氏は今回の都知事選でも石原氏の選挙事務所で主要な役割を果たしたそうである。

警察官僚OBの「危機管理」という言葉の父(製作者)である佐々氏は阪神淡路大震災を官災大震災だと指摘していた。

佐々氏は、警察、自衛隊、政界、マスコミ等々に幅広い人脈を持つといわれており、その情報収集力は貝原氏・井戸氏の比ではないだろう。

この危機管理のプロ中のプロの佐々氏が、阪神淡路大震災を官災であると指摘した(認めた)ことは、官災でないと否定することが不可能なほどの事実(国家・地方レベルでのお役人の不手際)があったということを示している。

そもそも、貝原氏の「犠牲者の8割以上が、発生直後に圧死していた」という言葉に根拠があるのだろうか?

多数の死傷者が出た中で、十分な時間をとって死因判定が出来たのであろうか?

死因判定がそれほど正確に為されたと確信するだけの根拠は何処にあるのだろう か?

検視は、医師と警察官でやったのではなかったか?

それならば、警察官として検視がどのようなものであるか実体を知っている元警察官僚の佐々氏と十分な 意見交換ができる(腹を割って話せる)佐々氏の親友の石原氏の言葉の方が信用できるのではないだろうか?

警察官一般の通常の勤務態度の現実から判断すれ ば、緊急時に適切に仕事をしたと信じるためには、かなり、夢見がちな性格にならなければ無理だろう。

たとえば、「サンタクロース」や「おまわりさん」を信じるように。

阪神淡路大震災で、「8割以上が、発生直後に圧死」といわなければ、そう信じ込まなければ精神的に耐え切れなくなる人々(当時の責任ある立場のお歴々)が多数いる中で、震災の正確な(予断のない)検証や研究など出来るはずがない。

兵庫県民は気づくべきだろう。

※このブログで既に何度か指摘しているように、兵庫県警察本部警備部では、震度7を想定して毎年防災訓練をしていたのであった。

そして、兵庫県知事には、 坂井氏のように戦前から戦後に警察官僚であったという経歴を持つ知事もいたし、兵庫県警幹部を副知事にしたりもしていた。

つまり兵庫県は、このような人的 交流から防災に関しても兵庫県警察本部同様、震度7を想定していたと思われる。

なぜ、震度7を想定して防災訓練をしていたのかということが、忘れ去られたこと(予算要求のための宣伝にしかならなかったこと)が問題なのである。

※この時期に佐々氏の親友である石原氏が兵庫県知事の震災への対応を批判したことは、もしかすると、佐々氏が生きている間に日本警察のイメージに対する危機管理のために、阪神淡路大震災の 不手際以来、日常業務が信用失墜行為になってしまった観のある兵庫県警の切捨て(明石市民夏祭り関連の幹部の大量処分【検察に起訴させる】等々)を考えて いるのかもしれない。

兵庫県警察患部は注意しておこう。

ま、兵庫県警には「一人で死なない」と主張する人々が多いから、ありえないことだろうが・・・。

朝日新聞からの引用。
「石原氏『神戸の震災は首長の判断遅く2千人余計に死亡』2007年04月09日 石原氏は8日夜の会見で防災対策に触れ、『神戸の地震の時なんかは、(自衛隊の派遣を要請する)首長の判断が遅かったから、2千人余計に亡くなったわけですよね』と発言した。阪神大震災の 被災地で反発が出ている。 震災時の兵庫県知事、貝原俊民氏(73)は『石原さんの誤解。たしかに危機管理面で反省はあるが、要請が遅れたから死者が増え たのではない。犠牲者の8割以上が、発生直後に圧死していた』と反論。『大災害が起きた場合、公的機関による救済には限界がある。都民の防災意識を高める ことに力を発揮してほしい』と注文した。 震災後に同県の初代防災監を務めた斎藤富雄副知事(62)は『全く根拠のない発言で、誠に遺憾。将来の備えのた めにも、過去の災害を適切に分析してほしい』。 神戸市に次ぐ被害を受けた同県西宮市の震災時の市長、馬場順三氏(81)は『95年当時に東京で大地震が 起こっていたら、対応できただろうか。震災を実際に体験していないから言える発言ではないか』と語った。 」http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200704080025.html

神戸新聞からの引用
「震災時の対応 都知事発言に井戸知事反発 2007/04/10 石原慎太郎東京都知事が八日夜の会見で、阪神・淡路大震災時 の自衛隊の派遣要請に関し、首長の判断が遅かったから犠牲者が増えた-といった趣旨の発言をしたのに対し、井戸敏三知事は九日の定例会見で『自衛隊の派遣 要請を早くすることと、犠牲者数は脈絡がない』と反論した。 井戸知事らによると、石原知事は知事選で三選を果たした八日夜の会見で防災対策に触れ、被災 地の首長による自衛隊の派遣要請が遅れたことが原因で、二千人余計に犠牲者が出た-と発言。 これを受け井戸知事は、震災犠牲者の八割以上が圧死だったこ とを引き合いに出し、『不意打ちで震度7の地震に襲われ、犠牲者の大半が圧死した。(犠牲者の数と)自衛隊の派遣要請は直接関係ない』と反論した。 井戸 知事は『失礼ですよ』と語気を強めるなど、『石原発言』に怒り心頭。『公的機関が(救済に)入る前に、地域の防災力を高めておくことが大事』とし、『関東大震災に対する備えと思って(発言して)いるのなら、いささか心配だ』と皮肉を込めた。」http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000296740.shtml



[再掲]JUJUの『やさしさで溢れるように』の替歌『いやらしさが溢れる警察』を作ってみた。 [蘇る博士(ノンフィクション替歌)]

突然閉鎖された『博士の愛した株式』というブログに倣って、替歌に挑戦。

JUJUの『やさしさで溢れるように』(作詞:小倉しんこう・亀田誠治 作曲:小倉しんこう)https://www.youtube.com/watch?v=OhzSNZo-D44の替歌『いやらしさが溢れる警察』を作ってみた。

リクルーターに騙され、気付いたら警察学校にいたというような警察官が、警察教養(学校教養と職場教養)で完全に心を無くすことができずに、警察学校卒業後すぐに交番で貸与拳銃で自殺してしまうというイメージで替歌を作りました。



『いやらしさが溢れる警察』

気付いたらなぜか 警察学校の教場にいたよ
人間の心を 教養でなくしかけてたよ

生きてる意味も その喜びも
リクルーターに騙されたそのことで
「ホントダメかも」って 心底感じるよ
今すぐ死にたい 貸与拳銃で

警察学校のすべてが 悪意で溢れているよ
教官の警官は迷わず 初任科生を殴り続けるよ
どんなときも イジメられるよ

機動隊の巡査は 訓練で何度もプ-ルに沈められて
息継ぎもさせてもらえず 心肺停止にされたって

勤務条件も 正義の警官も
リクルーターが教えてくれたことで
本当といえること 何一つなかった
これは職安法違反の 労働者の募集じゃん

わたしの生きる世界が 絶望で満たされて行くのは
まだ人間の心が わたしに残っているせいかな
貸与拳銃を 握るたび思った

上司に蹴られても 上司に殴られても
痛みを感じない 今は
人の心はいつも この胸の中に
決して失くさないよ 教養(洗脳)されても

巡る警邏が終わっても 拳銃を返さないでいて
交番の奥のトイレで 撃鉄起こし引き金引くよ
警察組織のすべてが いやらしさで溢れていたよ
箱の中は地獄で 本署には亡者が棲んでいたよ
どんなときも イジメられるよ
離れていても 蹴りが飛んでくるよ


[再掲]阪神淡路大震災は、想定内?? 以下の文章は、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた記事である。 [蘇る博士]

以下の文章は、突然閉鎖された「博士の愛した株式」というブログに掲載されていた記事である。

1976年(昭和五一)の『旭影』には、「兵庫県と地震」という文が警備課によって掲載されている。

「本年は世界各地で大地震があいついで発生しており、とくに七月二八日、中国、八月一七日、フィリピンで発生した地震の惨状はいまだに記憶に新しく、改め て地震の脅威を印象づけられた。兵庫県については、地震被害は少ないと認識されているようであるが、決して例外ではない。県下に影響のある震源は別図のと おり随所に分布しており、兵庫県に影響のあった地震として、歴史伝承として記録されているものが二二回。明治以後、科学的に記録されているものが一〇回あ る。明治以後一〇回の地震の中で、被害の大きかったものの一つは、大正一四年の北但地震で、城崎を中心に、死者四二五人、負傷者八〇六人、家屋倒壊一,二 九五棟、今一つは昭和二一年の南海道地震で、淡路島を中心に、死者五〇人、負傷者六〇人、家屋倒壊二九二棟、という被害を出している。幸い南海道地震以後 三〇年、本件に直接影響を及ぼした地震は発生していないが、決して油断できるものではない。地震の予知については、あらゆる調査、研究によってかなり進ん でいるが、将来ともずばり予測することは困難とされている。したがって警察としては、不幸にして大地震が発生した場合、被害を最小限にくい止めるため、平 素から対策を立て、適切な措置がとれるよう心がけておかなければならない。このため、九月六日、近畿管区内各府県警察の震災警備合同訓練が行なわれること となっている。(警備課実施係)」

この文の脇に掲載されている「兵庫県に影響ある震源分布図」と、一九九五年の阪神淡路大震災の震源の位置は一致している。

兵庫県警察は、震災が起こるであ ろう地域を特定して、震災警備合同訓練を行なったのであった(下の画像は、1976年(昭和五一)の兵庫県警察機関紙『旭影』掲載の、警備課作成の「兵庫 県と地震」という記事)。
      
1976年の兵庫県警察機関誌『旭影』の図表

image001.png

           
そして、兵庫県警察では、

同年「″九月六日午後六時〇分紀伊半島沖を震源とするマグニチュード八.一震度六の地震が発生、県下でも神戸、阪神、淡路などの 地域で大きな被害が出た″-との想定で、この日大規模な震災警備訓練が実施された。この訓練は、近畿管区内一せいに実施されたもので、兵庫県警でも全職員 が参加して、警備本部設置・運用訓練、参集・編成・輸送訓練、現場活動訓練など8項目にわたる訓練を行ない、大震災に備えた。」

そして、「倒壊した家屋の下敷きになっている被災者を、特別救助隊員がエンジンカッターで壁に穴を開け、無事救出。」 とか、

「国道2号線府県境の左門殿橋から西へ1.5キロメートル、稲川橋交差点までを交通規制し、緊急車両等の優先通路を確保。」 など警備訓練活動の写真が掲載されている。

画像省略


    兵庫県警察本部機関誌『旭影』(昭和51年、11月号)
  
翌1977(昭和五二)年には、「京阪神地域震災警備訓練」が実施され、「―10月24日午前6時30分、京都大阪奈良三府県境を震源とするマグニ チュード七7.6の地震が発生し、県下でも震度7~4を記録し、各地に大きな被害をもたらした。―との想定で管区内一せいに震災警備訓練が実施され、不時 の災害に備えた。」 のであった。

阪神淡路大震災は、1995年1月17日午前五時四六分、

北緯三四.六度統計一三五度の兵庫県淡路島北部を震源とするマグニチュード7.2。

そのゆれは最大で震度七を記録し、兵庫県南部の阪神・淡路地域に大きな被害をもたらした。

つまり、1995年に発生した阪神淡路大震災は、

兵庫県警察本部が

1977(昭和五二)年に実施した防災訓練の地震規模(マグニチュード七7.6・県下で震度7~4)の想定内であった。

    兵庫県警察本部機関誌『旭影』(昭和52年、12月号)

下の図は、兵庫県警察本部作成の阪神淡路大震災の震源と震度分布。

震災直後に兵庫県警が作成した震源を示す図表

旭影ほか_0026.jpg

     
※警備課作成「兵庫県に影響ある震源分布図」の震源の位置と阪神淡路大震災における震源の位置は完全に一致している(つまり、阪神淡路大震災は震源も震度 も兵庫県警察本部警備部警備課の予想通り、想定内であったということである。このことは、被害拡大の原因が、兵庫県警殺の警備の不手際にあったことを示唆 する)。

このような、訓練がおこなわれるなか、1976年(昭和五一)7月19日装備課に航空係が新設され、同一二月、兵庫県警察に、全国で一二番目となるヘリコ プターが導入された。このヘリコプターは、警視庁から配置された国有機ベル206B1機で、「ひよどり」と命名された。同年12月17日に兵庫県警察航空 基地(仮説基地)が大阪国際空港内に設置された。さらに、1980年(昭和五五)7月、兵庫県が大規模災害対策に防災・救急用ヘリコプターベル222(双 発中型)「ひょうご」を導入し。兵庫県警は、運行管理を任されると同時に、兵庫県警察航空基地を兵庫県警察航空隊に改称した。同年11月には新庁舎が落成 している。

兵庫県警察航空隊の大規模災害発生時の活動の目的は、

「(ア) 警戒宣言発令後における地域住民の避難状況、被災状況の正確な把握
(イ) 交通渋滞時の交通流の把握、う回の指示
(ウ) TV中継装置活用による警備本部への災害状況の報告
(エ) 拡声器使用による避難誘導
(オ) 夜間(停電時)におけるヘリコプター搭載投光器の活用
(カ) 津波に対する海岸線及び山津波の視察と危険地域住民に対する情報伝達及び避難誘導
(キ) 被災者の救済救助、特に重傷者等の医療施設への搬送、医師等の現地への搬送
(ク) 被災地域住民に対する民心安定のための広報活動
(ケ) 陸路交通途絶時における救援部隊員の空中輸送
(コ) 食料、医薬品等救援物資の迅速な搬送
(サ) 通信途絶時の無線中継基地としての役割と遠隔地への通信器材の搬送」 とされている。

兵庫県警は、大規模災害に備えるために、膨大な予算(兵庫県警察航空隊とヘリコプター)を得ることが出来たのであった。

大規模災害に備えるための諸施策が、予算を要求するための広報活動としてしか役立たなかったことは、いまさら指摘するまでもないだろう。

市民は、警察官僚OB等が、危機管理論を鼓吹する理由が何かを、良く考える必要があるだろう。

組織の拡大⇒部署の増加⇒警察職員頭数の増加(確保)⇒裏金の確保

阪神淡路大震災とその後の危機管理論の隆盛は、後世の歴史家に、ポリス・リテラシーを欠いた警察への妄信が生んだ悲劇と呼ばれることであろう。